革新懇の活動−革新・愛知の会の活動

【15.07.25】沖縄連帯集会「オール沖縄は崩れない!〜戦争体験と辺野古新基地建設阻止〜」に380人参加

   革新・愛知の会は「オール沖縄」の先頭に立つ仲里利信(衆議院議員)さんを迎えて沖縄連帯集会を7月25日、名古屋市中区役所ホールで開催しました。戦争法案が衆議院で強行採決され怒りが大きく広がり、各地で宣伝・集会などが行われています。辺野古新基地を許さない沖縄のたたかい、オール沖縄の運動は私たちに勇気、展望を与えるものと期待の下で開催されました。 

沖縄の文化にふれる――沖縄民謡・舞踊の熱演

   主催者あいさつは石川勇吉(革新・愛知の会代表世話人)さんが行い、司会は青木陽子(同代表世話人)さん。開会に先立ち「美ら海辺野古NO」が上映されました。

 浜ちゃんこと浜盛重則さんは「接近している台風に負けない、涼しい風を吹かせたい」と語り、浜ちゃんとまいふなエイサーが沖縄民謡とエイサーを披露。太鼓をたたきながら、大地を踏みしめて踊り、続いてかすりの会のメンバーが農作業をかろやかな所作であらわす竹富島のマミトウを演じました。会場からは手拍子が起こりました。
 客席の仲里利信さんも歌いだし、指笛を吹かれました。
 沖縄の人々の歌、踊りに触れるたびに嬉しい時、悲しい時に歌える歌、身体(手足)で表現できる踊りを持つ沖縄の人々をうらやましく思いました。自らの固有の文化を保持することの大切さを改めて確信しました。

仲里利信さんの講演−「戦争はイヤだ!」のオールジャパンをめざして!

   後半は「オール沖縄は崩れない!〜戦争体験と辺野古新基地建設阻止〜」と題して仲里利信さんの講演。講演内容を要約して掲載します。

自民党からも決別―衆議院議員へ

 78歳だが、まだ自分では若いと思っている。昨年オール沖縄の一人(無所属)として国会議員に。それ以前は、自民党国会議員から「助けてくれ」といわれ働いていた。しかし、自民党が辺野古新基地建設を受け入れたので、国会議員とも決別し後援会長も辞めた。名護市の稲嶺市長とは面識もなかったが「辺野古新基地NO」に共感して自宅の農業用軽トラックに大きなスピーカーをつけて辺野古通いが始まった。稲嶺名護市長が圧勝した。仲井真知事は安倍政府からかつてない金をとってきたとして辺野古新基地建設を受け入れた。私は、非常にありがたいことでして、自民党県連の顧問を除名された。(大きな拍手)一昨年の一月に建白書に41市町村署名捺印した。
 昨年の総選挙で「子や孫を戦争にいかせることはできない」と決断し、国会議員に立つたつことになった。退職教職員、とくに女性から積極的に応援していただいた。
 私は、革新懇、共産党の人々には違和感があった。一緒に選挙をやることで認識が変わった。ウソを言わない、まじめな方々と知った。まさにこの人たちが日本の未来をつくっていくんだと思った。自民党は沖縄の立場に立っていない。自民党は自分党であり安倍さんの小間使いでしかない。今は、全国各地の革新懇に呼ばれて18か所以上のところへ出かけている

安倍政権のやっていること―戦争を仕掛けている

 かつては、辺野古の陸地から2キロメートル沖にヘリポートをつくる、15年期限付き、軍民共用ということであった。突然2006年、V字型の滑走路を陸に面して作るという合意を一方的に進めて現在に至っている。弾薬庫も作ろうとしている。基地の固定化が行われることになる。
 香港の新聞が書いているように日本の軍事増強が中国の軍拡をもたらしているのだ。「平和」、「平和」と言っているがやっていることは力による軍備拡大だ。

米軍基地が返還されれば、経済は確実に変わる

 米軍基地は百害あって一利なしです。那覇軍港が返還され、新しい経済活動が始まり、雇用も増えた。嘉手納基地の南のほうが返還されれば、経済効果はさらに高く、雇用も増える。  米軍基地の被害は、とんでもないところに生じる。2001年9月11日アメリカのテロが起こった時に、沖縄では米軍基地がテロに狙われるとして観光客2300団体がキャンセルした。風評被害は56億円にも及んだ。辺野古の海にも空にも基地を造らせず、ホテルを造れば大いに経済が発展する。戦争法成立すれば、地球の裏側まで若い人が戦争に生かされることになる。いま自衛隊員は危険を感じてどんどん辞めていく。

沖縄の歴史を思い起こしたい

   武器を持たない沖縄は、外交によってその進路を切り開いてきた。琉球の王は薩摩藩に連れて行かれ「今後すべてにおいて従います。」との誓約書を書かされた。薩摩藩の臣下(家来)として対応し、同時に中国の冊封関係に入り外交を続ける。琉球は、1854年、アメリカと修好条約を結び、フランス、オランダとも修好条約を結んできた。近代に入って西欧諸国と出会ったとき、琉球は独立国として認証されていた。明治に入って日本に琉球が併合された時、琉球と西欧諸国との外交にかかわる資料は東京に持って行かれてしまった。
 私は、戦争法が衆議院で強行採決された時、野党3党はそろって退席した。私はただ一人、反対した。結果、賛成は全会一致ではなく賛成多数となった。
 辺野古新基地建設阻止、戦争法案許さない。
 私たちは失うものはなにもない。私は、革新懇の皆さんの誠意を精一杯、満足に思っています。

会場からの質問に答えて

◆仲里さんの戦争体験
 小さい妹とガマに入っている時、「子供の泣き声が敵に聞こえる」と軍人から毒入りの握り飯を与えられた。母は「死ぬ時も生きる時も家族は一緒」といって、妹を連れてガマを出ることにした。鬼畜米兵はヤギの目で10メートは見えないと教えていた。逃げているときに、米軍の戦闘機に出会った。風防ガラスのパイロットの顔が見えたのに、彼は私たちを銃撃しなかった。当日配布の資料(沖縄タイムス)にある「僕の親父も、青年学級の教え子が戦死した責任を感じて自決した」ことには触れられませんでした。

◆オール沖縄の運動の秘訣は?
 いろいろ違いや主張もある。一〇〇%通そうとしても無理がある。70%に抑える。オール沖縄ができたのは米軍基地、戦争につながる基地があるから心を一つにできたと思う。「戦争は嫌だ」これでオールジャパンは十分できる。オール沖縄から、オール日本(ジャパン)に向けて手を取り合っていきたい。一番簡単な答弁になりました。

◆沖縄独立論?
 生きるうえで主権を求めるのが人間の情動である。今の沖縄には主権も民主主義も適応されていない。独立論をという意見もあるが、現在、県議会卒業のみなさんと経済界の皆さんとも一緒に沖縄特例型道州制をやってみよう。国の専権事項、沖縄権限のはっきりと区別しながら第一歩として司法立法行政と、その経験を踏まえて韓国の済州島のスタイルを参考に勉強会をしています。

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