【17.03.10】日比嘉高さん「事実を届く言葉でどう伝えていくのか 嘘がまかり通る社会 流される情報の検証を!」

 
「ポスト真実」、「オルタナティブファクト」と耳慣れない言葉です。客観的事実を二の次にする傾向、政治の嘘が広がっています。この問題に詳しい名古屋大学の日比嘉高さんをおたずねして、お話を伺いました。(聞き手・撮影 岩中美保子)

日比 嘉高 さん

1972年名古屋市生まれ 名古屋大学大学院文学研究科准教授 専門は近現代日本文学・文化研究。近著に「文学の歴史をどう書き直すのか」(笠間書院) 

ポスト真実

 オックスフォード辞書は「post-truth」を2016年の言葉に選びました。その定義は「世論を形成する上で客観的な事実よりもむしろ感情や個人的な信条へのアピールのほうがより影響力があるような状況」を指すと述べています。ポストは「後の」とか「次の」とかいう意味です。日本語では「ポスト真実」と訳されています。  失業率や集会に集まった人数を意図的に誤って伝えても、大きく問題にされない。事実よりも感情を優先し自分が正しいと思うことが、受け入れる基準になってしまうのです。
 アメリカ大統領選挙でのトランプ氏の言明は70パーセントぐらいが事実に合致していないと言われています。イギリスのEU離脱の国民投票では不正確な数字がばらまかれ、それを離脱派の人々が信じてしまった。 政治の分野で2016年にイギリス、アメリカと立て続けに起こった出来事がよりいっそうこの言葉への
注目を高めました。

インターネット文化

政治が嘘をつくのはいつの時代もそうですが、事実にもとづかない主張がまかりとおることがこれほどまでに起きているのは、インターネット文化と深くかかわっています。SNS(ソーシャルネットワークサービス)といわれるツイッターとかフェイスブックが使われるようになり、人々のニュースへの接触の仕方が変わってきています。SNSの特徴は考え方の似ている人が繋がり、その人たちの投稿が優先的に表示されるような仕組みになっています。

不満、怒りが排外的な心情に繋がる

 不満や怒りという強い感情が排外的な心情に繋がっています。  「移民の排斥」、「自分の国こそ一番」とトランプが繰り返す。その嘘を支持する時に社会的コミュニュティが分断されていきます。また、社会が内向きになり悪質なデマが流れやすいのです。これがSNSの力によってどんどん広がっていきます。デマが広がる規模はそれを訂正する規模より大きいのです。

嘘にさらされ続けると・・

 情報、事実が知らされないことが大きな問題です。あからさまな嘘がそのまま通ってしまう。稲田防衛大臣は国会答弁で「殺傷行為は起きているが戦闘ではない」と言いました。それが繰り返されると怒る気も抵抗する気もなくなっていく。結果的には権力に依存し、判断力が奪われていきます

もう一つの事実

米大統領就任式のあと、新しい言葉が生まれました。「オルタナティブファクト」もう一つの事実というような言葉です。式典に集まった人数は史上最大だと大統領報道官が発言しましたが、事実と異なると批判をうけ「オルナタティブファクトを伝えたのだ」、「あなたたちが事実だと思っているものとは異なる『別の事実』がある」と反論しました。これは事実そのものもねじまげるものです。

政府の発表の検証を

 ファクトチェックが大事です。トランプの選挙期間中も偽ニュースを流すサイトがいくつも出来ました。煽情的なニュースを流して影響を与えます。日本でも韓国や中国との間の緊張を利用して悪質なデマが流される時代になっています。それをチェックすることが大事です。BBCがそのファクトチェックの部門を増強し、ニュースの真偽の検証を始めました。朝日新聞もやり始めました。アメリカの「バズフィード」という会社は日本にも支社をおき、頑張っています。
 騙されないことは大事ですが、情報を持ち得ていない私たちは限界があります。メディア、専門家の役割が重要です。検証する「ファクトチェック」機能や調査報道が大事になってきています。スピード報道でなく時間をかけて掘り下げていく事です。
 読者としては、様々なメディアを読み比べる習慣をつけることも大切でしょう。
一利用者として「手軽に手に入るこの情報は本当に大丈夫なのか」と疑問を持ち、検証することが大事です。

どうしたら・・・・・

 届く言葉を工夫し、伝え方を考えないといけません。「保育園落ちた日本死ね」は国会まで届き、現実が少しだけ変わりました。怒りの感情が共感され、ネットで話題になり既存のメディアが取り上げ、行動するお母さんたちが登場し、その中に保育運動をやってきた人たちも参加し、国会議員が取り上げました。
 同時に冷静に事実を見ることも大切です。感情に流されないように裏付けのある発言をしなければいけません。

「大本営発表」

 私たちはすでに嘘がまかり通る時代に生きています。
「オルタナティブファクト」という英語を使わなくても日本では「大本営発表」でわかると思います。「それって、大本営発表だよね」といったら嘘をついているとわかりますね。私たちがまだこの言葉を知っているということは嘘をつかれ続け、痛苦の経験をしてきたからでしょう。若い人にも分かるのじゃないでしょうか。
 政治の問題は、我々の問題です。嘘をついている政治家を辞めさせても、今以上に嘘をつく政治家が出てくる可能性もあります。
 嘘を通らせている社会の問題として、私たちは嘘は許さない、騙されないような社会にしていくことが大事ではないでしょうか。

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