津田正男さん
1943年金沢市生まれ。京都大学卒、66年NHK入局、報道番組制作のディレクター、プロデューサーを歴任。市民とメディア研究会・あくせす。立命館大学非常勤講師。
籾井勝人会長、経営委員の言動の問題
近代社会というのは、中世の宗教的権威による暴力支配や独裁政治から、民主主義や言論の自由を勝ち取ってきた歴史です。第二次世界大戦で悲惨な体験をした日本のメディアは、二度と国家のプロパガンダに戻らないことが価値観の大前提にあります。そうしたジャーナリズム、公共放送の基本理念を会長や一部の経営委員が理解をしていない。公共放送の経営者に求められている倫理は、権力(政治、経済、宗教)からの独立や開かれた経営、権力の監視などです。
ニュースや番組をつくる現場の倫理はなにか。放送法の4条には、政治的に公平であること、報道は事実をまげないこと、意見が対立している問題については多くの角度から論点を明らかにすることを規定しています。これが、メディアの公共性といわれることです。これに加えてNHKは受信料で成り立っているため、特に厳しく責任を問われます。
ユダヤ人哲学者のハンナ・アーレントは「声なき声の人たちが発言できるということが、公共性の本質だ」と言ってますが、放送には基本的にこういう公共性が求められているといえます。
安倍政権のメディアコントロール
NHK籾井会長の無責任な発言と、百田尚樹・長谷川三千子両経営委員の超国家主義的な言動に対して、ジャーナリズム世界からは軽蔑のまなざしが向けられ、一般社会からもあきれられています。彼らの就任は、秘密保護法の強行採決などと連動した安倍政権のメディアコントロール人事の一環であることは言うまでもありません。
新会長就任に先立つ1月14日に、NHKをめぐる問題に取り組んできた「放送を語る会」が中心になって、NHKの本部、名古屋、大阪などで「放送の自主・自立の危機に際してNHKで働くみなさんに訴えます」の呼びかけ文を配布しました。JCJはじめメディア運動に関わる8団体と私もふくめたNHK・OBら29人の連名です。
2月25日には、衆院総務委員会で参考人として出席したNHK全理事が、籾井会長就任時に、日付白紙の辞表を出させられたことを明らかにしました。威嚇的で理不尽ともいえるこうした支配に、労働組合さえ沈黙している中で、内部の人たちは切実に支援を求めています。
2月末のNHK労組の放送系の集会では、有志だけでも意思表示をしたいとか、海外の放送局からの反応が冷えてきている、現場への介入対策をどうするなど、深刻な議論がされたようです。私はNHKに在籍したことがある者として、意思表示をしなければならないと考え行動してきました。
市民にできることは
NHKや世論に向けて意見をどんどん言う、投書をする。受信料の自動引き落としは止めて、直接取りに来てもらいながらの対話も大切です。
2004年~5年に安倍官房副長官らの政治介入と、受信料の使い込みが大問題になったとき受信料不払いは500億円にもなり(予算6600億円)、海老沢会長辞任のきっかけにもなりました。いま、NHKへの抗議電話は当時の倍以上の3万件以上です。
ただ受信料支払いをやめればいいということではなく「憲法や放送法を守らないような人が会長では、支払えません。国民のために放送をしてくれる人に交代したら喜んで払う用意があります」と(笑)。
抜本的な放送制度の改革が必要
NHK頑張れというだけではだめです。小さくても自分たちが発言・発信してゆく、ウェブサイトでもいいから政治に左右されない主体性のあるメディアを、市民が創ることが大切です。
世界では、メディアはさまざまな人たちが共に生きていくコミュニケーションの道具です。アメリカには3500ものコミュニティテレビのチャンネルがあり、そのうち市民が自由につかえるのが半分、学生でも700チャンネルをもっています。連邦通信法で地域住民の発信が無条件に保障されているのです。ヨーロッパ、台湾、韓国でも制度化されています。日本でも、270を超えるコミュニティFMなど小さな公共放送にも受信料を使うべきです。
日本では、電波・通信行政は国家(総務省)が管理していますが、電波の調整や割り当てを公正取引委員会のように第三者の独立行政委員会にして権力が及ばないようにしておかないと、表現の自由、思想信条の自由は保障されません。民主党はマニフェストに書いたし、いったんはそれを目指したようですが、一年ぐらいで消えてしまいました。
日本の公共放送も世界水準に作り上げていかないといけないのではないでしょうか。