県革新懇ニュース−この人に聞く

【21.06.10】内田良さん(名古屋大学准教授)――多様性や個性が認められる学校へ

  内田 良 さん
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・准教授。博士(教育学)。専門は教育社会学。学校のなかで子どもや教師が出遭うさまざまなリスクの調査研究ならびに啓発活動をおこなっている。著書に『ブラック校則』(東洋館出版社),『ブラック部活動』(東洋館出版社),『教育という病』(光文社新書)など。ヤフーオーサーアワード2015受賞。

僕が茶髪にしているのは

 「黒髪で難しい話をしたら、みんな正しいと思いこむ。なんだか胡散臭いけどと疑いながら聞いてほしい」と僕は、髪の毛を染めています。言われたことに従う人間ではなく常に考え続ける人であってほしいです。 見た目で決めつけない。自分の核心的な考え方でもあります。黒く染めさせることは人権侵害、教室に入れないのは学習権侵害です。個性を出しながら、中身で勝負しましょうよというメッセージです。

見えないストレス

 コロナ感染のなかで子どもたちは見えないストレスを蓄積していると思います。学びも、心も身体もきつい状況におかれています。
 当初、家庭で学習をどう進めていくのかの議論がありましたが、いまは全く議論がされていません。タブレットの配布は必要だと思いますが、環境整備の議論が消えてしまったことは非常に残念だと思っています。 一方でICT(情報通信技術)という面では整備され、不登校の子どもの学習の可能性、認識が広がったことはよかったと思います。

子どもを否定する校則

 大学生の時、家庭教師の経験が原点です。僕が家庭教師をしていた中学生は髪を染め、ピアスをつけ学校や親から「何をやってんだ」と否定され続けていました。僕まで叱ったらいけないと「今日はどんなことがあったの」と友達のように話し続けました。4、5年一緒にいて「内田先生は、自分の中で初めて信頼できる大人です」と言ってくれ、すごくうれしく思いました。この経験は僕にとって大きなものでした。
 「校則」とは守ってあたりまえで逸脱した子どもたちを否定し続ける仕組みです。茶髪を否定する大人にはなりたくないのです。
 部活動は自主的な活動です。部活動を否定する気はありません。無理やりやらせずにやりたい人がやる仕組みを作ればいいわけです。
 この根本にあるのは、管理のシステムです。強権的な独裁国家のようで逸脱すると罰則がある、その権力者に従っていく仕組みです。子どもをのびのび育てるところには全くたどり着かないと思っています。

問題の深刻さ、病

 昨年、東京都議会でツーブロック禁止が問題になりました。禁止の理由を教育長は「町のなかで危険な目にあう」と答弁しています。
 地毛証明書って知っていますか。茶色は生まれつきと証明するものだそうですが、人権侵害の極地としか言いようがありませんが共通するのは「子どもを守っている」と本気で思っているのです。ここに問題の深刻さ、病があると感じます。
 大学では茶髪だろうが赤だろうが「個性だね」となるのですが、そこに校則がおりてきたとたんに、「校則違反だ」、「お前は先生に反抗しているんだ」となるのです。ルールがあるから違反者が出てくる、ルールがあるから乱れが提起されます。
 みんな同じがいいという日本社会、多様性や個性を認めないことがまだまだ続いているのです。特に制服の問題ではトランスジェンダーの子どもが苦しんでいます。見直していくことが大事です。
 多様性や個性が認められ学校がもう少し心地よい場所になることを期待しています。

「児童虐待」へのまなざし

 いじめも虐待も数字上ゼロにすることは簡単です。大人が目をつぶればゼロになります。学校の先生に話をするのですが、いじめの件数は多い方がいい。起きている方が多ということではありません。むしろ、見つけたほうがいいというスタンスです。
 ところが、いじめゼロ、虐待ゼロを目指しましょうというと誰も報告しなくなるのです。これがものすごく怖い。虐待を見つけましょうと言い続けたほうが子どもが救われることになると思っています。
 僕はそれをまなざしと表現しています。まなざしは僕の貫く研究テーマです。起きていることを拾う力がないと見えてきません。コロナ下で虐待の件数の伸びは小さくなっています。おそらく虐待は増えていて見つける件数が停滞しているということだと思います。極めて重大な問題で大人たちがどう見つけるのかということ、僕がいつも気にしているまなざしです。
 もちろん、発生を減らすことは当然大事です。発生源の対策は必要ですが、起きたときに最悪な事態にならない対策が必要でそこに私たち第三者がかかわれるのです。第三者が見つける、まなざしが届く仕組みが大事だと思っています。
 

未来の教育とは

 教師や保護者がまなざしを子どもに届けられる余裕があるかが問われないといけないと思います。教員の長時間労働で忙しすぎて子どものSOSを聞けていないと不安に思っている先生がたくさんいます。学校の滞在時間は毎日が平均11時間20分、ノンストップ労働で休みがない、給食は飲み込んで子どものノートのやり取りをみて、その時に不安になるそうです。メッセージが書いてある可能性があるわけです。目を止める余裕がないのです。子どもにまなざしを届けたいのに余裕がない。子どもは自分の苦しみを受け止めてくれる大人がいない。大人にも余裕のある社会が必要です。
 大人がどう働き方を変えていくのか、これからの未来の教育を考えるうえで重要なことだと思います。

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