【15.05.10】早川純午―愛知民医連会長 名南ふれあい病院/革新・愛知の会代表世話人

 学生時代、防衛医科大学校が建設された。大学ではなく大学校という特別な学校で強引に医学部としたものだった。私は毎年所沢のこの学校を訪れ、反対してきた市民の方々や全国の医学生と交流してきた。なぜ、最も健康な自衛隊の隊員のためにこれほどの医師を育成するのか?自衛隊は戦争にはいかないはずなのに? この大学校ができてすでに42年が経った現在、この大学校の真の意味が発揮される時が国会で論議されている
 ベトナム戦争ではアメリカ国内の医師のほとんどが戦争に行き、アメリカ国内の医療は世界中から医師が集められて行われた。医療が若い戦争する隊員を助けるという保証がなければ戦場にはいかない。食料などの兵たん業務が無ければ戦争は追行できない。
 我々も防衛医大の医師も戦争にいかない、大きな医療者の取り組みが必要だ

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