県革新懇ニュース−この人に聞く

【12.10.10】人類は大地に生かされた兄弟−広田奈津子さん(「カンタ!ティモール」監督)

  プロフィール
「カンタ!ティモール」監督。
1979年愛知県生まれ。
2002年音楽交流を行う「環音」立ち上げ。東ティモール独立祝賀コンサートにソウル・フラワー・モノノケ・サミット、小向サダムらを招聘し、彼らと共に東ティモールの音楽ドキュメンタリー映画「カンタ!ティモール」制作を開始。
映画「カンタ!ティモール」ホームページはコチラ
(上映会の申し込みもコチラからできます)


カナダの老人の言葉が背中を押して

私のお気に入りの場所は大きな木のある森でした。 春になると虫やたぬきの親子が出てくる命溢れる森。それが宅地開発で伐採されました。森を命なきものと扱う大人たちの振る舞いに、世界はこんなふうに回っているんだろうか・・とショックでした。それが「世界を見たい」という願望につながっていきました。
 カナダの先住民の儀式に参加したとき、ある老人が「世界には森を殺さない人々が生きている、会いに行くといい」と言ってくれました。それで、ハワイ、アジア、東北や沖縄、アイヌの人にも出会いました。そして、東ティモールのことを知りました。
 2002年、東ティモール独立式典に参加しました。音楽でお祝いするためです。お祭りの片隅で、ある青年が歌っていました。人だかりで姿が見えないのですが、メロディが心に残り、離れなかったんです。 翌年、彼をさがしに島へ戻り、歌の意味を尋ねました。危険な時代を生きた彼は「詩は哲学だから」と質問をかわし、「それより、美しい村を見せてあげる」と連れていってくれました。それがすばらしかったので、とにかくカメラを回そうと一旦帰国し、友人に借りたカメラを手に戻り、3ヶ月撮影をしました。

人類はひとつの兄弟

 村のおじいさんが「人類はひとつの兄弟なのさ。父もひとり、母もひとり、大地の子ども。憎んじゃだめさ、叩いちゃだめ。戦争は過ちだ。大地が怒るよ。」と話してくれました。家族も殺され、壮絶な過去を持ちながら、侵略者も同じ大地の子どもなのだと、許す姿がありました。
 他国から残虐な行為を受けてもなお、相手兵士と対話し、許し、歌い、笑おうとするティモールの人々の姿に、人はこんなにも強いものかと衝撃を受けました。そして、その強さは彼らだけのものではなく、人の本来の姿なのではないだろうか、私たちの中にも同じ種があるのでは、と感じるようになりました。
 ティモールの家族はとにかく大きい。家族は何人と聞くと「368人」とか・・・。軍事攻撃では3人に1人が命を落としたから孤児も多いはずなのに、路上で孤独にいる人をほとんど見ません。母親が何人もいる大家族の社会なんです。お葬式となると何百人が歌い踊り、魂を山に帰します。物質的には困窮していても、先祖や大地への祭りは手を抜かない。
 それと、いつも「笑いなさい」と言うんです。私たちにも「元気?笑いなさいよ」って。笑ってはじめて人間になる(笑)みたいな

本当に守るべきものは

 巨大な軍隊よりも、人の心は強い。そんな、歌に歌われるようなことを、ティモールの人々は現実に見せてくれた生き証人だと思います。それがみんなの希望になったら嬉しい。
 3・11があり、私たちは揺さぶられました。原発を止めれば解決、という話ではなく、無関心を装って誰かに犠牲を強いることはもうやめる時が来たのだと思います。
 ティモールもそうだったように、今起きている殺戮のほとんどが、資源とお金つまり、現代人の暮らしに繋がっていると思います。相手を間違えれば、物を買う、預金するといった行為が、誰かを殺す助けになってしまう。
 一つ一つの行動に平和に生きる覚悟を持つことができるか。
 本当に守るべきものは何で、そのための仕事をしているかが、問われていると思います。

「平和をつくろうとしている日本の人たちのために語ってください」

 彼らは、なかなか口を開いてくれませんでした。
 トラウマを再び味わうことになるし、全ての人が辛い経験をしているので、あえて自分の話をしない。親しい友人にも。
 「日本は今も同じように地下資源を使い、その裏で流される涙を見ない。でも平和を作ろうとしている人たちがいます。彼らのために語ってください」と何回も頼みました。映画を配給会社に任せようと思ったこともありましたが、ティモールの彼らとの約束を思い出し、やはり手で伝えていこうと。劇場に限らず、一般の誰もが上映出来るスタイルでリリースしました。
 そうして動くと、各地で面白い人にたくさん会うよ
うになって(笑)。アートや、町づくりをしていたり。上映の場が、私たちの想像を超えたものになる。そんな出会いから勇気をもらっていますね。

見えない力が僕たちを助けてくれる

 昨年、アレックス(映画の主人公)に会ってきました。子どもが三人生まれ元気に暮らしていました。
 原発の事故に心を痛めていて「対するものが巨大に見えても、命に沿った仕事は亡くなった人の魂がついていてくれるから、絶対大丈夫、恐れないで進んでください。どうしても心細くなったら僕たちのことを思い出して。僕たちは小さかった。巨大な軍隊を撤退させることは奇跡だといって笑われた。でも、最後は大きな軍隊も撤退させた。それは幻想でも夢でもなく現実に起きたこと。見えない力は僕たちを助けてくれた。だからきっと信じてください」と。


このページの先頭にもどる

携帯電話用QRコード
携帯対応について

更新情報RSS