県革新懇ニュース−この人に聞く

【16.08.10】市民が登場し、声をあげた!――この流れが社会を変える

  安藤 隆穂 さん 

1949年名古屋生まれ。経済学博士。中部大学教授。名古屋大学名誉教授。専門は、社会思想史、経済学史。 2009年フランスを中心とした自由主義思想の成立過程の研究で、日本学士院賞を受賞。安保法制に反対する市民連合@愛知呼びかけ人

選挙の結果は

 戦争法反対で国会前の集会とデモに何回か行きましたし、「戦争法制に反対する名古屋大学の会」、「市民連合@愛知」の呼びかけ人にもなり、路上に出て活動しました。
 今回、一人区で野党共闘が善戦しました。初めての試みで多くの課題を残しましたが、市民が中心となって今までにない共同の繋がりを模索したことは、大きな成果だと思います。
 「市民連合」は、「戦争法制の廃止」、立憲主義、平和と民主主義、「個人の尊厳」に基づく政治の実現をかかげて独自に行動しながら、「野党共闘」を支援しました。
しかし、選挙の争点は、新聞の論調も含めて、アベノミクスの功罪などが中心となって、私たちの訴えは世論に届いたとは言えません。また「野党共闘」が自己目的化し、応援が上滑りしてしまったように思います。

新しい市民の出現

 戦争法制反対の運動で、一人ひとりが自分の頭で考え路上に出て行動したという意味で、新しい個人と市民が出現したといわれます。私のような研究者でさえ、一市民として積極的にデモや集会に足を運びました。
 市民の自己組織力という点でも、政治活動の方法や技術という点でも、未熟さを露呈しました。また、政党の側に市民との対話に不慣れな点が目立ったという事実も残りました。
 しかし、市民の力という大きな希望が出現したことは間違いありません。

愛知の「市民連合」の独自性

 愛知の「市民連合」は、愛知が複数区であり、政党間の共闘ができないという条件下で、複数の候補者個人と協定をむすび活動しました。全国的にユニークで貴重な経験となったと思います。
 この独自な経験からしっかりと教訓を引き出すとともに、協定を結び当選した議員を支えかつ監視しながら、市民としてのネットワークの再構築を図り、活動を続けていきます。

「市民の時代」という意味

 今回、名もない個人が孤独に考え行動し、公開の場で一市民として自己表現するという、新しい政治文化が生まれました。SEALDs、「ママの会」などにみられたように、一人ひとりが自分の名前を言い、自分の具体的経験に即して発言するのです。例えば、憲法を守れというような抽象的言い回しではなく、それぞれの憲法経験を語るわけです。民主主義の場に、間違いなく市民が出現しています。
 少し、歴史を振り返りますと、日本では、1960年の安保闘争の時、名もない人びとがデモと集会に参加し市民の力を可視化し、民主主義を蹂躙した岸信介政権を打倒しました。しかし、この時は、デモの主力は、労働組合や政党であり、またそれらによって動員された人びとであって、市民の政治文化が生み出されたわけではありませんでした。
 今、市民が出現したという場合、人びとが、デモや集会でスピーチすることによって初めて「市民となる」のだということにも、注意を喚起したいと思います。多くの人たちは日常的には何者でもない存在です。それが、集会に参加し、そこで、名前を言い、スピーチすることによって、尊厳ある個人として、また市民として、新しい自分を生み出し、市民的連帯の喜びを知るのです。別の言葉で言えば、「公共圏」が出現しているのです。
 私たちの市民運動が、世界の動きに密接につながり、世界に向けて励ましを発信していることを、私たちが自覚することも大切です。特に、2010年代以降の世界の圧政への抵抗運動、たとえば、ギリシャやスペインの反政府デモ、アメリカのウオール街占拠、アフリカの民主化運動、香港、台湾の若者の運動などは、日本の反原発デモと同じく、新しい市民運動と呼ぶべきであり、私たちの戦争法反対デモは、世界各国で、日本国内以上に正確に報道されています。

市民の力の源泉は言葉を紡ぐこと

 市民運動の力と希望の源泉は、唯一、言葉を紡ぐことにあると思います。私の学生時代、旧ソビエト軍がチェコの民主化に介入し軍隊を送り込んだ時、チェコの民衆は、圧倒的な戦車を前にしても、言葉のみによる市民的抵抗をやめませんでした。それを見た加藤周一(「九条の会」発起人)は『言葉と戦車』(1969年)で、自由の言葉の前には、どんな権力も暴力も無力だと書きました。今、世界の市民運動が、加藤周一の予言を実現しつつあるのではないでしょうか。
 独裁や権力と向き合う本当の戦場は言葉の世界にあります。市民は、権力は持ちませんが、平和の言葉を紡ぐことによって、権力を打ち負かすことができます。
 一つ例を挙げます。「ヒロシマ」という言葉は、「二度と戦争をしないという誓い」を意味する世界語です。ところが、2001年9・11アメリカ同時多発テロの時、アメリカの政権はテロ跡地を「グランドゼロ」と呼び、憎しみを喚起し、「テロとの戦い」という復讐戦争を呼びかけました。「グランドゼロ」は広島と長崎の爆心地を意味します。つまり、アメリカは、不戦の誓いを意味するヒロシマを、復讐を胸に刻む言葉に変え、戦争動員のメディア戦略を展開しようとしたのです。
 しかし、「侵略戦争」は敗北し、世界の平和運動が紡いだ世界語としての「ヒロシマ」の言葉の魂は失われませんでした。それは、いっそう世界に行き渡り、不戦の力を励ましています。昨年のパリでのテロの時、妻を失ったジャーナリストのアントワーヌ・レリスさんが、「憎しみを返さない」という復讐戦争反対のメッセージを発信しました。ここにも、抵抗する市民の力は、言葉を紡ぐことだという「ヒロシマ」の思いが流れ込んでいます。

市民への道半ばで

 今回の運動で、私たちは、「立憲主義」という言葉を近しいものとし、「誰の子どもも殺させない」などの言葉が生まれるのを経験しました。他方で、「非武装」、フクシマ、オキナワなどの言葉は、相対的に、特に野党共闘の事情から、輝きが鈍かったと思います。それが、今回の、市民の力の光と影をあらわしていると思います。
 ぎこちなさの中で、希望はもうやってきています。一人ひとりが自分の言葉を紡ぎ、個人となり市民となる場所(公共圏)を広げるということを、常に念頭に置き、市民としての連帯を深めながら、この原点を失わず、長い目で見ながら、政治に参加していきましょう。

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