改憲論のトリックを次々とあばく
7月14日、大型台風の接近にもかかわらず98名の参加。若手憲法学者の長峯信彦さんは、当世風・若者好みの素材を用い、するどいロジックの展開によって「はやりの改憲論」のトリックをみごとに論破していった。若い層の参加者が目立った。
「押し付け」憲法論
「押しつけ」られたのは当時の、政府であった。国民の多数派は積極的に受け入れていた。「いい」ものを受け入れることを「押しつけ」とは言わない。
GHQが日本政府に示した内容は鈴木安蔵らを中心とする憲法研究会の提起したものであった。象徴天皇制、社会権(社会権の発想はGHQにはなかった!)。憲法研究会案になかったのは違憲立法審査権。日本固有にこだわるのなら近代(西洋)文明、現在のカレンダー(キリスト教)も拒否するのかと迫った。
「現実に合わせて変えるべし」論の批判
「法」の姿と現実がズレた時、現実に合わせて法をかえたら、どうなるのか。麻薬や銃が満ち溢れたら、禁止を解くのか。路上駐車だらけだからといって道路交通法を改めるのか。年金への国民的不信がひろまったら、「消えた」年金を放棄するのか、と反論。
日本の軍事費は、世界でも第3位(5兆円)。イージス艦(アメリカ以外で保有しているのは日本とスペインのみ)、クラスター爆弾(第二の対人地雷)の保持という現実は、私たち、市民の望んでいるものなのか。それとも戦争や軍事行動によって利益を得ている勢力がつくりだしたものなのかと問いかけた。
「もし攻められたら」という抽象的で架空の問いは、無意味だ、と。戦争は、人為的災厄であって災害のような自然現象と同一視するのは正しくない。人間の力で戦争を緩和・除去することは可能だとも主張。
「ヘンな憲法をもってい るので普通の国でない」――心理的圧力のトリック
普通の国」とはどんな国?今でもナチスを追及するドイツは?国旗焼き棄てを表現の自由として認めているアメリカは?選挙で個別訪問を認めているイギリスは?
そもそも、「普通の国」でなきゃいけないのか。憲法に世界共通の価値(人権・民主主義)が含まれるのは当然だ。九条は日本が世界に先駆けて示した先駆的な価値理念。まさに「人類普遍の価値」。これを棄てるのか。
アメリカ憲法は27回も改正しているのに日本は1回も改正していない論への批判
改正の内容は次のよう。人権条項なし。奴隷・インディアンの価値を認めない。黒人選挙権なし。女性参政権も1920年に初めて認められている。さまざまな欠陥をアメリカ憲法は、もっていた。
「権利ばかりで義務が少ない」論批判
いまでも市民の精神的自由はおびやかされているのに巨大企業の経済的自由は手厚い保障を受けている。もともと憲法は人民の人権を保障するために国家権力を拘束するのもの。
《たくさんの質問に次々と答えて》
(1)もし、攻められたら・・・」交通事故、他人から刺される確率よりも北朝鮮のミサイル攻撃の確率のほうが低い。不安・危険をあおることよりも実態的に平和をつくる方が大切
(2)違憲の自衛隊をどうするのか→段階的縮少《災害対策に重点を》
(3)現憲法の問題点→第1章第一条(天皇)、「公共の福祉」、最高裁裁判官を内閣が任命する点。
(4)小選挙区の問題点→市民社会の成熟が日本ではともなっていない。独立した個人が存在することが前提。改憲阻止の展望→若い人たちは「素直である。私たちの意見をおしつけてはならない。」が「こう思う」と働きかけることは大事だ。(以下の項目は略)
なるほどと納得する内容で改憲阻止運動への自信をもつことができた。