【11.10.05】瑞穂区革新懇2011年9月号ニュース発行

市長が「敬老パス」見直し、保育料値上げ?―「金持ち減税」の財源づくり? 福祉・市民サービス削減の名古屋版「事業仕分け」へ

 9日開会の「9月定例市議会」を前に、9月6日、金山の都市センターで共産党市議団の「市政懇談会」が開かれたので参加しましたが、河村市長が、来年度予算案作成に向けて「新たな行政評価」、いわゆる名古屋版「事業仕分け」を計画、「金持ち減税」の財源づくりのため(?)、福祉・市民サービスの一層の切り下げを狙っていると知ってびっくりしました。

 詳細は8日の「総務環境委員会」で公表されるそうですが、市議団がつかんだ情報によると、市当局が「内部評価」で「廃止や見直し」に言及しているのは児童館、地域療育センター、スポーツセンター、民間の福祉施設や保育所への(公私格差是正のための)運営補助金、福祉給付金など多岐にわたるほか、学識経験者や一般市民も加えた委員会で「外部評価」にかけるのは30事業――――(1)敬老パス、(2)公立保育園の運営や保育料のあり方、(3)小学1・2年生の30人学級、(4)生涯学習センター、(5)女性会館、(6)ランの館・・などで、これは市民から広く意見を求めた上、10月21日からの3日間、職員と学識経験者に無作為抽出で選ばれた20名の市民も入って「事業仕分け」するというもの。
 手法は民主的に見えますが「何を仕分けるか」はあらかじめ決められていて、本当に見直しが必要な「金持ち減税」「中京都構想」「本丸御殿の復元」「スーパー港湾」「徳山ダム導水路」・・などは「仕分け」対象外とされるなど、大きな問題を持っています。
共産党市議団によると、市は、ホームページや区役所に置くパンフレット等で市民から意見を求める予定だとのこと。新聞報道に注意し「福祉・市民サービス切り捨て反対。金持ち減税こそ断念せよ」の声を集中することが重要です。

● 9月定例市議会の焦点 ●
2010年度決算案や「市民税10%減税」恒久
化条例のほか、保育園「待機児解消」や防災・津波対策強化のための補正予算審議も。「要求と運動が強いと紹介議員が共産党だけでも前進することに確信を」とは山口清明市議の言。

瑞穂区は昔、海だった?/「液状化」が心配―8/29瑞穂区すすめる会「震災学習会」に50人

 8月29日、会場の瑞穂生涯学習センター視聴覚室は50人ほどの参加者であふれ、1級建築士・滝井幹夫氏の熱のこもった話に熱心に聞き入りました。
 氏は、古地図など豊富な資料を用意され、これをもとに現在の瑞穂区がどのように形成されてきたのか、古代から現代までを分かりやすく解説されました。そして「この土地形成から見る限り地震や大雨に対して瑞穂区は必ずしも安全なところではない」と述べられ、だからこそ日頃から防災に対する構えが必要、と強調されました。
さらに氏は、「名古屋全体を見ると、かつては東南海地震や三河地震を経験しており、また伊勢湾台風の大きな風水害にも見舞われたところであります。この経験を忘れてはならない」と繰り返し述べられると同時に、名古屋港の防潮堤の老朽化、山崎川に水門が設けられていない等、現在の防災上の不備も指摘されました。また、講演に対する質問にもていねいに答えられ、参加者は、常日頃からの災害への備えの必要性を改めて確認させられることとなりました。
 最後に司会者から「この講演で終わるのではなく、私たちの災害についての不安を取り除くため行政にも取り組んでもらうよう訴えていこう」とのまとめがありました。時機にみあった有意義な学習会だったと思います。

震災から半年――言葉失う被災地の状況

 8月9日(火)夜は瑞穂区革新懇の定例世話人会の日。共産党の市会候補(南区)・佐野隆文さんに来ていただき、7月末に5日間、宮城県・仙南地区に「救援・復興ボランティア」に行かれた体験を話していただきました。

◆仙台とその南の地域で・・
 佐野さんが入ったのは仙台市とその南部の市町村で、福島県のすぐ北。――(1)被災地の惨状を2時間かけて見て回り、(2)山元町の仮設住宅にトラックで救援物資を届け、(3)ボラ9人が何時間も汗だくになって農家の畑の草取りをし、(4)泥出しで道路にたまった土砂の山をスコップで土のう袋に詰めて片づけ、(5)白石町の町会議員選挙の応援に行き・・など5日間の活動を、写真や地図も使って丁寧に話していただきました。
 3.11からやがて半年にもなろうとしていますが、見せてもらった写真は、想像以上に大変な震災の爪痕と遅々として進まぬ復旧・復興の状況を率直に示して、誰もが胸ふさがるような気持ちになったと思います。
 応援に行った白石町議選の選挙事務所に放射線の線量計があり、事務所内でも0.1~0.2マイクロシーベルトを観測、何人もの有権者から不安の声を聞いた、との報告にも胸が痛みました。

◆引き続き必要な支援ボランティア
 佐野さんが行かれたのは共産党が呼びかけた復興支援のボランティアで、名古屋南部地区委員会はこの9月初めにも6泊7日で「第4次ボランティア」を送っています。また、他にも民医連や労働組合や市民有志などが引き続き支援に取り組んでいます。
 発足した野田新内閣も「復旧・復興と原発事故の収束を最重点に取り組む」と宣言していますが、それが真に被災住民のためになるよう監視し要求すると同時に、可能な人が可能な限り支援に取り組むのは引き続き大切だと知らされた「世話人会」でもありました。瑞穂区革新懇も、条件が許せば何人かで出かけたいですね。

「核兵器も原発もいらない!」<日本母親大会in広島>

 7月30~31日、広島で開かれた日本母親大会に参加しました。全体会は県立体育館でしたが、多数の参加があった被災地の発言には励まされました。
とくに福島の若いお母さんが9歳と4歳の子どもさんを伴って発言した言葉は忘れることはできません。「私はこの子達と共に福島で暮します」という言葉はとても重いものでした。3.11後、被災地では以前とは全然違う生活になりました。放射能汚染の不安、今までいろいろな葛藤があったとしても地域社会の仲間として暮していた人々の亀裂、生活不安・将来不安から、避難もしくは転居する人が多いなかで、永住を決意するのはすごいことだと思います。
 次に、広島の原爆と、被爆者二世として産まれた史樹くんの原爆症による死、チェルノブイリ、フクシマの朗読劇を広島の小学生たちがしてくれました。

◆クミコさんの歌―――
 その後「祈り」他、クミコさんの歌を二曲聴きました。なんとクミコさんはあの3月11日、コンサートのため初めて訪れた石巻で被災、高台に逃れてなんとか助かったそうです。あの日の石巻は寒く、火を焚いて暖を取られたとのこと。コンサートは延期されましたが、石巻の生協主催だったので、後日、石巻生協の一室でこじんまりと行われたそうです。
 また「祈り」という詩は全被爆者の思いが込められているから一言でも間違えることはできないというプレッシャーが強く、特に紅白のステージは大変緊張されたそうです。

◆湯浅講演「貧困をなくし、人間らしく生きられる社会をつくる」
 その後、派遣村村長 湯浅誠氏の講演でした。彼は「ごく普通の生活」=働いて自活し、結婚して子どもを産み、生計を維持しつつ生きるということが困難になっている現実を、データをまじえて話してくれました。
 母親大会参加者の大半はかつて正社員として就職し、結婚や出産で退社し、子どもが大きくなるとまた家計の補助として働いてきた人たち・・・・。しかし今は「就活」「婚活」という言葉が流行っているように、就職も100社廻ってなんとか内定もらえるか・もらえないか。結婚も「婚活」しないと無理だとか、低収入では結婚できないというのが現実――。これでは母親になる以前の問題ですね。
 また、交通事故死は年6,000人、ニュースを賑わせる殺人事件での死亡は年600人と減っているのに、自殺者は13年連続で3万人超。生活苦や孤独死が多いそうです。それに孤独ということですが、1970年には50歳まで一度も結婚しない確率が2%だったのが、2020年には13%になるかもとのこと。普通の生活をするにも、大変な現実が浮き彫りになりました。
湯浅氏は、経済効率ばかりでなく、もしその人が生きていたら相互効果で良い循環をしていたものを、自殺ということはその可能性を奪うことだとも話されました。
 弟さんが障がい者なのだそうですが、会社に雇われることによりお母さんに時間が出来て余暇を有効に過ごせ、弟さんも社会参加ができ、湯浅さん本人も自分の仕事に打ち込めるということは、GDPの数値だけでは計り知れない相互効果だと話されました。

◆バトンは、福島→広島から新潟へ
 最後に母親大会のアピールが採択されました。参加者は全体で8500名。前回大会の福島(世界初の震災原発事故のフクシマ)から、今回、世界初の被爆地広島に渡ったバトンが、来年の開催地・新潟に渡されました。新潟は豪雨災害がありましたが、米や生活が心配です。

◆今も続くヒバクシャの苦悩
 分科会は、午前が原爆碑廻り、午後は学習でした。「語り部」は、午前は当時国民学校1年生で爆心地4キロで被曝し、黒い雨を浴びた森田勲さん(73歳)。午後は当時広島高女生で、学校を体調不良で休んでいて奇跡的に助かった矢野美耶子さんでした。
 矢野さんは、広島高女の爆心地から宇品まで逃げたあと海軍施設のある似島に収容されて手記を命がけで書いたこと。自身が「内部被曝」の影響で疲れ易く、就職が出来なかったため、両親が心配して先に就職先を決めたこと。原爆の語り部をしに行った際に、内部被曝なので、修学旅行の先生に「外部から見てわかりやすい人に変えてもらいたい」と言われたことを話されました。
 「内部被曝」は最近ようやく知られるようになった問題ですが、ズシリと重い課題だと思いました。

核兵器廃絶の世論は世界に広がっている<原水爆禁止世界大会・長崎大会>

 8月3日~9日、原水爆禁止2011世界大会が広島、長崎で開催されました。今年は長崎が主大会なので、7~9日、長崎に行ってきました。といっても私は愛知県原水協の事務局の一員としての参加ですが。
 長崎大会には全国から7,800人、海外からは25カ国88人が参加しました。
 昨年のNPT再検討会議に向けての署名行動やニューヨーク行動の成果を受け、2月に新しい署名「核兵器全面禁止のアピール」が提唱されています。今大会では署名が約55万筆集まっていることが発表され、さらに大きな署名運動の波をつくろうと呼びかけられました。
 国連のパン・ギムン事務総長から「みなさんをパートナーとして、ともに行動できることを誇りに思います」とのメッセージが寄せられ、大会に出席しているドュアルテ国連軍縮問題担当上級代表が「秋の国連総会に提出する署名を国連本部に展示する」と語るなど、世界に核兵器廃絶の世論が広がっていることを実感しました。
 大会には東日本大震災、福島原発事故の被災地からも参加、「核兵器も原発もいらない」と訴えました。震災で大変な中でも平和行進を取り組み、大会にも大勢で参加している東北の皆さんの姿に、逆にこちらが励まされる思いでした。
 署名は10月に国連に届けますが、引き続きとりくまれます。核兵器禁止条約交渉開始へ、署名の波を大きく広げましょう。

● 菅退陣、野田新内閣発足(9月2日)、財界が大喜び

9月2日、野田新内閣が発足しました。「震災からの復旧・復興と原発事故の収束を最重要課題として取り組む」と語る野田新首相ですがが、代表選の最中から「自公との大連立」を唱えたり、かねてからの増税・改憲論者と聞いたり、「ジャパンドリームの実現だ。(菅首相とは)首から上の質が違う」と米倉弘昌・日本経団連会長に手放しで歓迎されたりするのを見ると、心底、心配になります。ぜひ庶民の痛みが分かる政治を願いたいものです。

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