自民党改憲案は、戦前への回帰―客観報道と新聞の使命とは
飯室 勝彦さん
1941年8月生まれ。元東京・中日新聞論説委員、元中京大学教授。東京・中日新聞社会部、特別報道部、論説委員などで司法、人権、報道問題を中心に活動。
近著に「自民党改憲で生活はこう変わる―草案が目指す国家像」(現代書館)
元東京・中日新聞論説委員の飯室勝彦さんを東京都国立市に訪ね、「自民党改憲で生活はこう変わる―草案が目指す国家像」発刊の思いやメディアの使命のついてお話を伺いました。
(聞き手・撮影 岩中美保子)
昨今の動きをどう見るか
橋下大阪市長の発言はけしからんですが、困った事に安倍首相が相対的にまともにみえてきてしまう。
安倍さんは前回の失敗で経験し学習していますから、自分の発言などに関して厳しい反応があると巧みにかわすようになりました。選挙後に本音を露骨に出すのでしょう。かえって危険な状況だと思います。96条問題についても、風向きが悪いとトーンを落として議論が大事だと言っていますね。議論が大事だということは誰も否定しません。
憲法審査会の議論では改憲は是か非かという論議になっているでしょう。安倍さんの土俵に乗ってしまっている感じはしますね。
読売新聞の国会議員調査では自民党、みんなの党と維新の会の議員の90何パーセントは、96条の先行改正に賛成となっていますが、そのデーターを分析してみるとアンケート回収率は60何%です。96条の先行改憲賛成は3党全議員の中でも61%です。先行改憲はけしからんという人もいる。毎日新聞と朝日新聞の有権者回答では改憲自体への反対が多いです。世論調査のやり方に、ごまかされてはいけません
憲法をブレーキとして
現実と現行憲法とが食い違ってきている、どう解決するのか。憲法を現実に合わせて変える方法。反対に現実を憲法に合わせる方法。合わせられないとしてもせめて憲法をブレーキとして利用する方法。
私は、今の日本で出来るのは、憲法を守ってそれをブレーキとして使う方法である思います。
ペルシャ湾に自衛隊が派遣された時に、憲法9条があるおかげでイラクでもクウエートにとどまらざるを得なかった。九条がなくなったら武器は持たないとの文言は消されるでしよう。自民党憲法改正草案は、国を守るために「国防軍」を創設する。国連の決議に基づく武力行使を認めている。しかし、自民党の改憲草案が認めているのはそれだけではありません。国連の決議を前提にしていません。「その他法律で定める」と書いている。法律を定めれば国連決議がなくても海外派兵できるのです。
戦前への回帰
自民党が日本という国をどういう方向にもっていこうとしているのか。そこを言っておきたいと「自民党改憲で生活はこう変わる―草案が目指す国家像」(現代書館)を出版しました。自民党の改憲草案では、第一条で天皇を元首とする。第三条で日の丸を国旗とする、君が代を国家とする。これは、君主制じゃないですか。
日本国憲法前文は、太平洋戦争での痛苦の教訓が凝縮されているのです。憲法前文をがらっと変える。9条も変え、天皇が君臨する社会にしよう、戦争をする「普通の国」になりたいんでしょう。
人権条項では、人権制約事項がたくさん入っています。キーワードは「公」です。現行憲法のキーワードは「個人の尊重」です。それを削って「人として」尊重するためとする。個人より公を尊重する社会になります。
そのほかに、戒厳令のような非常事態宣言が出来る。非常事態宣言を出せば内閣が法律と同じ権限を持つ政令をつくれる。これは、戦前への回帰じゃないのかと言いたいのです。
客観報道と新聞の使命
「客観報道」とはなにか、正しい理解はどっちつかずではなくて、事実を伝える部分と、論評、主張をきちんとわけることです。そこが理解されていないとどっちつかずになってしまう。どっちつかずで書くことは既製事実、現実を肯定するということです。現実はしばしば権力によって選択されたものです。客観報道を守ることは、「報道の自由を守る防波堤である」と律することで権力の介入を防ぐことができるのです。
終戦直後の新聞倫理綱領は、新聞の使命は声を上げることのできない人のために代弁することだと書かれています。公の権力をもっている人は、自分の意見を広め実現する力とお金を持っているのです。そういう力をもっていない人の代弁をすることで平等になる。新聞の姿勢はそうでなければなりません。弱者の側から見る事が大事です。気を付けないといけないのは、情緒的になってしまい事実を報道する事から離れてしまう。なかなか難しいです。
大手メディア、フリーランサーがいがみ合うのではなく、互いにそれぞれの立場で補完しあい大手メディアの目が届かないことをフリーランサーが報道する、市民の人も大いに発信していくことが大事だと思います。
世の中を変えるのは事実です。原発の事故は人々に衝撃を与えました。
いかに事実をメディアが摘出し、まだ隠されていることがたくさんあると思うのですが、その事実を伝えていくかです。
若い人の感性はすばらしい。その若者に歴史を伝えていくのは大人の責任です。いまは事実が教えられていないのです。ひめゆり部隊で生き残られた人のビデオ上映を一時間も見続け、涙を流していたゼミ生が何人もいました。理屈を解くだけではダメです。「喫茶店文化の原点」一宮へ学生と一緒にモーニング探検隊と称して出かけ、さまざまなモーニングサービスを味わったこともあります。なぜ一宮にモーニング文化が発達したのか、歴史や文化を現場で学ぶわけです。
今でも、「飯おごれ」と言ってくるのはそこにいた学生たちです。事実をみることこそ大事だと思いますね。