戦争の回避が唯一の安全保障
三宅 裕一郎 さん
1972年岩手県生まれ。2005年専修大学大学院法学研究科博士後期課程修了 博士(法学)。三重短期大学法経科教授を経て、現在、日本福祉大学教育・心理学部教授。
著書に『国会議員による憲法訴訟の可能性―アメリカ合衆国における連邦議会議員の原告適格法理の地平から』(専修大学出版局、2006年)、渡辺治編『日米安保と戦争法に代わる選択肢―憲法を実現する平和の構想』(大月書店、2016年)(共著)、寺川史朗他編『憲法とそれぞれの人権(第4版)』(法律文化社、近刊予定)(共著)など。
改憲動向の現段階
昨年の衆議員選挙で衆議院465議席中改憲派は347議席、3分の2を大きく上回ることになりました。
衆議院選の公約から見えてくる大きな特徴は「敵基地攻撃能力」とそれに関わる公約です。
自民党はいわば改憲の老舗政党。今回の選挙でも、2018年安倍政権でとりまとめられ、自衛隊加憲を柱とした「改憲4項目」、これが国民合意をうるために、全国各地で憲法改正について丁寧な説明をすると言っています。あわせて、敵基地攻撃能力の実質的保有にむけた公約をはっきりと打ち出してきています。
維新の会と国民民主党
維新の会は敵基地攻撃能力保有に同調する公約です。 国民民主党は曲者といえますね。敵基地攻撃能力に直接に触れている箇所はないものの「護憲と改憲の二元論に停滞することなく、国会で建設的な憲法論議を進めていく」と明言しており事実上、改憲論議の旗振り役です。
この二つの政党は改憲論議における連携協力を確認しています。ただ、改憲の結論部分ではつながるが各論では大きな隔たりがありますし、国民民主党の参議院議員は6年前、野党共闘で当選した議員が含まれていて、どの程度連携できるのか未知数と言えます。
2022年の改憲動向のゆくえ
2022年の改憲動向がどうなっていくのか、現時点で起こりうることを三点にまとめました。一つ目は憲法審査会をどうみるのか。二つ目は「緊急事態条項」の危険性。三つ目は政府主導の「敵基地攻撃能力」論による憲法9条の形骸化です。
憲法審査会の今後は大きな注目を集めることになるでしょう。昨年12月16日、衆院の憲法審査会が7か月ぶりに開かれました。「政策提案型」に舵をきった立憲民主党は、昨年6月改正の国民投票法「附則」にある広告規制の在り方を先に議論すべきと主張しています。一方、自民・維新は具体的な改憲項目、原案そのものの審議もしていくべきと強硬に主張しています。また、改憲テーマごとの「分科会」を作るという意見も複数の委員から出されていました。改憲論議が活性化していることは否定できませんが、参院選までは改憲勢力も「安全運転」で慎重に進めるでしょう。参議院選の結果次第で一気呵成に改憲に踏み込むことは十分に予想されることです。
コロナ禍における「緊急事態条項」
コロナ禍における改憲への突破口として「緊急事態条項」をまたぞろ言い出しています。衆院の憲法審査会の議論でも「緊急事態条項」憲法に盛り込むと意見が相次ぎました。長引くコロナに対する市民の不安と結びついたときの訴求力を見る必要があります。2021年4月共同通信の調査では、「コロナ禍で緊急事態条項が『必要ない』42%、『必要』57%」となっています。「緊急事態条項」がコロナ禍で一定の説得力をもつことは不可避でしょう。コロナ禍を「好機」とする改憲論の危険性にどう立ち向かうのかが問われているのではないでしょうか。
「敵基地攻撃能力」論よる憲法9条の形骸化
政府主導で進める「敵基地攻撃能力」論の起点となるのは一昨年9月の安倍首相退任の際の置き土産・「談話」です。菅政権では積極的な動きがなかったのですが岸田政権になってから活発化しました。昨年11月、防衛省に「防衛力強化加速会議」なるものを発足。衆議院選挙をへて12月の所信表明演説では「敵基地攻撃能力を含め、あらゆる選択肢を排除せず、スピード感をもって防衛力を強化する」と、かなり踏み込んだ内容に言及しました。今年1月7日、日米安全保障協議委員会(2+2)の共同発表の中でも「決意」という強い表現をし、岸防衛相はアメリカにも伝えて了解を得たと述べています。
このように岸田政権発足後、議論は加速度的に進展しています。さらに、2013年安倍政権下で策定された「国家安全保障戦略」が今年末、初めて改定されます。「防衛計画の大綱」改定と「中期防衛力整備計画」の更新も今年です。今年末まで、「敵基地攻撃能力」の保有をめぐる議論はさらに強化、スピードアップしていくと考えられます。
「敵基地攻撃能力」論は改憲潮流の主力
今般の「敵基地攻撃能力」論の特徴を三点にまとめました。
一つ目は、自民党は過去三回の「敵基地攻撃能力」の提案をしていますが、これらとは異なり政府が主導しているという事です。
二つ目は、日本への脅威は北朝鮮だけでなく、中国がより強く念頭に置かれている事です。これは、米中対立構造の中で自衛隊の役割強化をするという流れに敵基地攻撃能力が位置付けられている事を意味します。 三つ目は、「攻撃」や「反撃」という言葉を周到に回避して「抑止力」という言葉を使った事です。「危険を事前に避けるためには抑止力を持つべき」というレトリックによって正当化を図ろうとしています。
昨今の軍事テクノロジーに見る「自衛」
「自衛」という言葉には一見正当性があるように感じますが、昨今の飛躍的な軍事テクノロジーの進展を見た時、この言葉には大きな罠があると言えます。
敵基地攻撃とは安全圏から機先を制して、先に攻撃を加えるという事ですが、これはアメリカが対テロ戦争で中心的な柱として行っている「標的殺害」という戦略に似通っています。軍事テクノロジーが飛躍的に進展している現在において、テロリスト掃討作戦では無人攻撃機を用いてピンポイント攻撃を行う「標的殺害」が作戦の柱になっています。しかし、巻き添えとなった多くの市民の犠牲が明らかになっています。アメリカはこの戦略を「自衛権」であると説明していますが、根底に横たわる発想は敵基地攻撃能力と共通しています。軍事を操る政治の側にとって喉から手が出るほど欲しい「誘惑」なのです。 突き詰めていくと、自らの安全のためなら何でも許されるのが現在の「自衛」という事になっているのではないでしょうか。
リアルを知り、共感を呼ぶ「表現力」で伝える
例えば、敵基地はどうやってリアルタイムに特定するのか?相手が反撃した場合、どれだけ甚大な被害を生むことになるのか?そもそもこれは国際法上禁じられる「先制攻撃」ではないのか?など、軍事を動かす政治のリアルと結果を分析し、内在する不合理性、非賢明性、無益性を明らかにする事が大切です。
結果がどうなるかわからない敵基地攻撃能力に踏み込むよりも、戦争を回避するため、緊張緩和をめざして、あらゆる手段を尽くすことこそが政治の役割です。これこそが唯一の安全保障政策になるということを、広く市民が共感を得られるような表現力で伝える事が求められるのではないでしょうか。