
学術の終わりの始まりにさせてはならない!
松田 正久 さん
まつだ・まさひさ さん
元愛知教育大学・同朋大学学長。
革新・愛知の会代表世話人。
名古屋大学卒・広島大学大学院修了、 理学博士、専門は物理学(素粒子理論)。 日本物理学会・日本平和学会等の会員。 あいち9条の会・愛知県原水協代表
日本学術会議の歴史は
戦中の学術研究会議(1920年12月~1945年12月)は戦争に協力する科学者の組織として機能してきました。こうした科学者の戦争への協力・軍事研究への参画を深く反省して、日本学術会議が1949年1月に発足しました。
日本学術会議法前文には、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、科学者の総意の下にわが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と連携して学術の進歩に寄与することを使命とし、ここに設立する」と「平和と福祉」の向上と日本を代表する学術団体であることを明記しています。1950年、1967年にあらためて「戦争を目的とする科学の研究は絶対に行わない」と声明を出しました。
2015年安保法制成立後、大学や研究機関が「軍事的な手段による国家の安全保障にかかわる研究」に巻き込まれることを危惧して、2017年に「学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にあることをここに確認し、上記2つの声明を継承する。」とし、「軍事的安全保障研究に関する声明」を出しました。
学術会議の御用機関化は許されない
学術会議会員の任期は6年間で3年ごとの半数交代で、各部70人の3部(人文科学、生命科学、理学・工学)構成です。学術会議発足後は7部各部30人の210人で、有権者として各部に登録された科学者の投票で選出されていました。それが、1985年から学術研究団体推薦で選出する方法に変わり、2005年からは現行の会員と連携会員の推薦方式に変わりました。
このようにこれまでにも政府からの圧力もあり、変えられてきましたが、今国会に提出する法案は、法律全体をそっくり変えようというものです。
現学術会議法は実質28条から成っていますが、新案は58条、付則40条から成っており、膨大で現法にはない様々な外部の人からなる機関や罰則の章を設けており看過できません。記憶にあると思いますが、2020年9月、当時の菅内閣が学術会議の推薦した6人の任命拒否という前代未聞の事態が生じました。政府は2023年6月に有識者会議を発足させ、24年12月に最終報告書をまとめました。
日本学術会議は、6人の任命を求めナショナルアカデミーとして満たすべき5つの要件①学術的に国を代表する機関としての地位、②公的資格の付与、③国家財政支出による安定した財政基盤、④活動面での政府からの独立、⑤会員選考における自主性・独立性を学術会議法に則り求めてきました。
学術会議が強く要求してきたにもかかわらず、有識者懇の最終報告でも新法案でも考慮されることはありませんでした。
現法第3条では、「日本学術会議は、独立して職務を行う」として政府が干渉することは許されていませんが、新法案では「廃止」となっています。学術会員6人の任命拒否は、会員選考の自主性・独立性を侵しています。この動きは今では、安倍政権時からあったことが明らかになっています。
新法案には総理大臣指名による監事2人を配置し、国立大学法人や独立行政法人と同じ立て付けになっています。現在の軍事化の動きのなかに学術を全面的に取り込もうというのが、石破内閣がもくろんでいることです。安倍政権の亡霊を蘇らせようという策動と言わざるを得ない。「石破よ、お前もか!」と強く言いたいです。
政府の狙いは
75年間、政府から独立してわが国の科学者の代表として日本の学術をけん引してきた学術会議の幕引きを図り、学問の自由をなきものとする新法案は、梶田前会長が述べた「学術の終わりの始まり」にほかなりません。科学的真理は、時の権力から独立して機能してこそ、人類の文化や福祉を発展させることができるといえます。
安保法制下で、政府は安保三文書、秘密保護法、経済安保法、そして現在参議院で審議中の能動的サイバー防御法案、南西諸島をはじめとするミサイル配備など敵基地攻撃の実質化を進め、軍需産業への肩入れも進んできています。
政府は、軍事化を進める障害となるようなものは一つ一つ除き、その最後の仕上げとして、学術の軍事化を進めるのがこの新法案ではないでしょうか。4月15日の学術会議の修正決議に従い、国会は真摯に修正を検討すべきです。
科学者の代表機関として政府に勧告・提言
日本学術会議は、発足後75年間にわたり、科学者の代表機関として、政府に様々な問題について勧告したり提言したりしてきました。 原子力基本法のいわゆる「自主」「民主」「公開」の三原則は学術会議の勧告に基づくものです。また「高レベル放射性廃棄物の処分に関する政策提言」など社会的課題に対する提言なども注目できます。
憲法23条に基づく学術会議の在り様を全く否定する新法案は、国民から学術を切り離そうとする悪法です。国際的に見ても日本の信頼を失わしめる悪法です。
21世紀に入り、日本の学術の国際的地位は低下し続けてきましたが、その大本は日本の科学技術政策、高等教育政策の問題にあることは明白です。
私は、大学3年生のときに量子力学の坂田昌一先生(元名古屋大学教授)の最後の授業をうけました。4年生のときに、ノーベル物理学賞を受賞された益川敏英さんがゼミのチューターでした。
坂田先生は「科学者は、科学者として、学問を愛するより以前に、まず人間として、人類を愛さねばならない。」との言葉を残されましたが、私は、坂田さんや益川さんの足元にも及びませんが、彼らから科学者としての生き方を学んできました。
科学技術の進歩というのは、長いスケールです。科学が役に立つのは数十年から百年かかるわけです。量子論は20世紀に入り発展し、百年以上経って、量子コンピューターの実用化にあと一歩のところまで来ています。科学の成果、基礎研究は今すぐに役に立つわけではありません。しかし、こうした長い研究が文化国家の基礎になり、平和や福祉の向上に役に立つと思います。
今は基礎研究を軽視し、効率や成果が求められる風潮にありますが、可能な限り早く軌道修正をはかることが重要で、そのためには新しい革新的政府をつくる以外にないとさえ思います。
学術会議解体法案に反対する世論を
国民を信頼せず、憲法を守らない人(第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う)は、憲法を変えてはならない。国民監視が絶対必要です。
「すべての政府は嘘をつく」を記憶にとどめましょう。
私たちは、一人一人の選挙権を行使し代表を選ぶことをもっと真剣に考えないといけないと思います。
常に、なぜ、どうしてと考え、自分の意見をきちんと言って思いを伝える。これは私たちにできることです。できることを最大限にやる、というのが今、大事ではないでしょうか。
日本は戦後80年、戦争しないできました。江戸時代を上回って200年、300年と戦争のない時代が続くよう取り組んでいきたいと思います。
学術会議解体の新法案は廃案に、声を上げていきましょう。