経済・労働・家族・政治を貫く社会構造に         フェミニズムの視点を!

1月19日、名市大の研究室を訪ね、ジェンダーなど社会学を研究され、発信されている菊地夏野さんにお話を伺いました。日本のジェンダーの問題などドイツのユンゲ・ヴェルト社の記者との共同インタビュ―となりました。【聞き手・近田美保子 写真・菊地夏野さん提供】

菊地 夏野(きくち なつの) さん

名古屋市立大学大学院人間文化研究科教員。専門は社会学、ジェンダー/セクシュアリティ研究。著書『ポストフェミニズムの夢から醒めて』(青土社2025年)『日本のポストフェミニズム 「女子力」とネオリベラリズム』(大月書店 2019年)など。

格差や貧困を批判する第三極が必要

日本のフェミニズムの現状

 世界的な動向と歴史的経緯の両方を踏まえる必要があります。2010年代初頭から欧米では、SNSの普及を背景に「新しいフェミニズム」が広がりました。 2017年のハリウッドにおけるワインスタイン事件と、それをきっかけに女優アリッサ・ミラノが拡散した#MeTOO運動は象徴的です。
 一般の人々がインターネットを通じてジェンダー問題を可視化し、連帯する動きが加速しました。
 一方、日本ではフェミニズム運動は非常に弱い状態にあります。1960〜70年代の日本では、学生運動と結びつき女性解放運動が活発化しました。しかし、90年代後半から2000年代初頭にかけて保守・右派勢力による激しいバックラッシュが起こりました。その象徴的な争点が「慰安婦」問題です。1990年代には被害証言が広く報道され、日本社会でも問題意識が高まりましたが、これに危機感を抱いた日本の保守・右派政治家、メディアが、「慰安婦は売春婦だった」といった歴史修正主義的な言説をひろめ、「慰安婦」の問題だけでなくフェミニズム全体をバッシングしました。 その中心人物の一人が安倍晋三氏であり、政治介入によって教科書記述やメディア報道も委縮し、日本ではフェミニズムが公的に発信されなくなりました。

女性活躍=エリート女性の登用

抑圧の状況が続く中で2017年の#MeTOOが起き、日本でも伊藤詩織さんの告発などが注目されました。韓国もジェンダーに関しては日本と同じような状況がありますけど、韓国のMeTOOの場合は、大勢の女性たちが集団的に声を上げました。日本のMeTOOは個別的で、告発後のバッシングなど孤立しやすく、現在も激しい批判にさらされています。
 フェミニズムをめぐる議論は、経済問題との結びつきが十分理解されていません。日本では「女性活躍」として管理職や女性政治家を増やすことがジェンダー平等の中心課題だと強調されがちですが、これはフェミニズムの本来の目標ではない。多くの女性が望んでいるのは、安心して普通に働き、生きることです。
 現実は、女性の賃金は低く、特に非正規雇用の女性が圧倒的に多いのです。正社員男性を100とすると、非正規女性の賃金は時間給で50%を下回る場合もあります。同一価値労働同一賃金は日本ではほとんど守られておらず、非正規労働者の地位は極めて低い。にもかかわらず、メディアは正社員同士の男女格差のみを取り上げ、構造的問題は十分に報道されていません。 「女性活躍=エリート女性の登用」というネオリベラル・フェミニズム的発想が支配的になっています。
 2015年に成立した「女性活躍推進法」も、エリート女性を競争に動員するネオリベラルな政策であり、非正規女性や障害のある女性、働けない女性の状況改善にはつながっていません。それにもかかわらず、安倍政権は「女性に優しい」イメージがひろがり、「慰安婦」問題やフェミニズムへの攻撃という政治的本質が見えにくくなりました。

「女性だから」期待できる?

現在、高市早苗氏が安倍路線を引き継ぎ、外交・軍事ではより強硬で軍拡や排外主義的政策をすすめています。女性を前面に出してナショナリズムを正当化するフェモナショナリズム的現象とも重なります。
 高市氏自身は、保守的・権威主義的な社会構造を維持したまま、その中で上昇することを望む政治家であり、女性差別を根底から変えようとする立場ではありません。
 彼女の存在は、フェミニズムが「女性のリーダーを増やすこと」へと矮小化・歪曲される象徴となっており、その結果、反戦や反軍国主義と深く結びついてきた女性運動の歴史が忘れられ、フェミニズムそのものが後退していると感じます。女性リーダーを増やせば社会が良くなるという漠然とした期待はネオリベラル・フェミニズム的発想であり、本来のフェミニズムが目指してきた自由や平等とは異なります。
 女性運動は、歴史的に一番大きな反戦運動を担うセクターなのに、女性運動・フェミニズムが女性のリーダーを増やすことだと誤解されフェミニズムがねじ曲げられてしまっています。
 さらに、正社員と非正規、トランスジェンダー差別、セックスワーカー差別の分断が生じ、性暴力や労働、格差、反戦といった大きな課題に十分な力を割けていません。ポストフェミニズムは、「すでに男女平等は達成された」という幻想を広め、差別を不可視化しています。

自由平等の流れを

自由で人間らしく生きたい、自由平等を求める流れをどう強くしていくのかを考え続けないといけないと思います。
 戦後日本では自由を求める社会意識が広がり、常に権威主義や家父長制的な力とのせめぎ合いでした。根底にはその流れが今も確かにあります。その自由への欲求が、ネオリベラリズムや権威主義に押されてしまっている状況にあるのではないでしょうか。

ジェンダーを社会構造の問題として

 今後必要なのは、ネオリベラリズムや権威主義を批判する第三の政治的選択肢を育て、その中心にフェミニズムの視点を据えることだと思います。
 第三極にしか希望は見出せません。ジェンダーの問題を個人の生き方やアイデンティティのみに限定せず、経済、労働、戦争と結びついた社会構造の問題として捉え直すことが、日本の再生の鍵となると思います。

エキストリーム・センターに対抗する第三極こそ希望

国際的には、フランスのマクロン大統領、アメリカ民主党などにみられる自らを「中道」と称しながら実際にやっていることは、格差を強化、軍事面での強硬政策で実質的には右寄り・新自由主義的政策を進める「エキストリーム・センター」が強まっていて研究され、批判されています。「エキストリーム・センター 中道がファシズムを準備する」(以文社)に私もインタビューを載せてもらっていますが、いろんな人に読んでほしいです。
 日本でも公明党と立憲民主党が右傾化し「中道改革連合」を結党しました。この流れに対抗するには、中道改革ではなく、格差や戦争を明確に批判する第三極が必要ではないでしょうか。 その中心にはフェミニズムの視点を据え、経済、労働、家族、政治を貫く社会構造の問題として捉え直すこと。末期的な資本主義ではない社会を模索することが必要ではないでしょうか。 アメリカでは民主党でも共和党でもない若い世代の社会主義が広がっています。こうした流れに日本も希望を見い出したいですね。

 

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