世論をひろげて次世代へ 9条の碑が思いをつなぐ!

 高市政権が、憲法改悪を視野に入れ、強権的な政治をすすめています。一方で「高市モームリ」「平和憲法は日本の宝」と、平和を願う声が大きなうねりとなっています。今、全国で9条の碑をつくる運動が広がっています。「緑区に9条の碑をプロジェクト」呼びかけ人、嶺村君代さんにお話を聞きました。【聞き手・蛯原京子 写真・近田美保子】

嶺村 君代(みねむら きみよ)さん 

 労働組合書記、民間企業での経験を経て保育士資格を取得。名古屋市立の保育園に勤務し、名古屋市職労副委員長、愛知県原水協事務局長などで活動。現在は、愛知県平和委員会顧問、「緑区に9条の碑をプロジェクト」呼びかけ人。 

平和を求める声が希望

「きけ わだつみのこえ」から平和運動に

 私は、高校生までは、保守的な過程で育った従順な女性でした。短大のゼミでの最初の教材が「きけ わだつみのこえ」で、そこから平和運動に目覚め、名古屋市職労時代に、平和委員会などの平和運動に関わりました。
 30年同居した夫の母から、悲惨な戦争体験を聞いたり、昨年は、初めて兄や姉から戦争体験を聞きました。姉は「一宮の街が燃えていて、まだ15歳くらいだったから、すごくきれいだなぁと思いながら見ていた。でも、友達からは、死体をよけながら歩いていたという体験も聞いたよ」と話しました。

今こそ9条を守るとき緑区に9条の碑を

 2024年10月に、緑区9条の会が伊藤千尋さんを講師に、講演会を企画。お話の中で、「今こそ9条を守るとき、日本中に碑をつくりたい」と語られました。
 当時、全国で50カ所、沖縄が一番たくさんあって8ヶ所。名古屋市には一つもなく、人口が一番多い緑区で作りたいねと、20人の団体、個人に呼びかけました。
 まずは、キリスト教岩の上教会に12人が集まり相談、「区役所に寄贈というかたちで、ぜひ作りたい」と思いが一致しました。
 会議に参加してくれたた中日新聞の記者が、活動を記事にしてくれたり、当時、県内で設置されていた知立市と西尾市にも見学に行きました。
 また、これまでのつながりをいかし、石やさんにも協力を依頼しました。
 連絡先など、対外的な窓口としては、区内にある法律事務所に快く了解をいただきました。
 そして、名古屋市立緑高校の美術部に、碑のデザインをお願いしました。「碑に自分たちの名前が残るんだね」と、生徒さんも顧問の先生も、たいへん乗り気になられ、引き受けていただきました。
 「緑区役所につくりたい」が、みんなの思いだったので、区役所も訪問しました。ここでも、名古屋市職労の支部の方にご協力をいただきました。 区役所では、「市全体に関わることだから、区だけで決めることが困難」と、その後、名古屋市役所本庁の所管所属や区内の市議も訪問し、思いを伝えました。 
 その間、新婦人新聞、赤旗、平和新聞や、革新・愛知の会、国民救援会のニュースなどに掲載していただいたり、独自のパンフレットやニュースも発行し、理解と協力を広げる努力を積み重ねました。

トーク集会で9条の大切さ、さらに確信に

 2025年11月、この活動を始めてから1周年の節目に「トーク集会」を企画しようと、議論が始まりました。
 国会情勢を中心に、平和への思いを語っていただこうと、社民党ラサール石井参議院議員にお話をお願いし、三宅裕一郎日本福祉大学教授と、岡村晴美弁護士にも登壇をお願いしました。
 2026年3月20日の集会に向けて、チラシを新聞に折込み、瑞穂区、守山区、昭和区、熱田区の地域や、市民団体などにお話に行き、トーク集会には、260人が参加。感想文にも、「憲法9条を絶対に守りたい」「どうしても9条の碑を緑区に!」など、参加者の思いがあふれていました。

市立緑高校美術部の協力得てデザイン案を検討

 現在(4・9インタビュー時点)も、9条の碑は名古屋市内に一つもありません。引き続き土地探しと区役所との話し合いも続けます。
 デザインは市立緑高校美術部のみなさんが、3つの案を考えてくれました。とても、斬新なんです。そのうちの一つを、今、石やさんに送り、碑にできるかどうか、予算はどれくらいかかるのか、相談中です。 
 碑には、9条の碑の趣旨や建立に至った経過、関わった人たちの願いも一緒に記してはどうかとの声も出ています。
 携わってくれた高校生のみなさんは、ネットで全国にある9条の碑を見たり、憲法と憲法9条を自分たちで勉強しあって取り組んでくれました。本当に感激でした。
 何とか、来年のいっせい地方選挙までには、碑を完成させたいと思っています。

今、日本はもはや「戦前」では

 今の日本、もはや「戦前」だと非常に思っています。軍事費・軍備拡大、ミサイル配備、法整備も「スパイ防止法」や「国旗損壊罪」の議論など、知らないうちに進められ、すんなり通っていってしまうのでは、という状況です。
 これは、日本だけではなく、世界中どの地域でも、一触即発の状態だと思います。平和を保っていくことが、たいへん危険な状態になっていると思っています。 
 特に大国の横暴については、異常としか言えず、許せません。私は、ウクライナにロシアが進行した日から、抗議の意味で髪を切っていません。

希望は広がる国民の声

 一方で、核兵器禁止条約や日本を含めて、世界中で「戦争反対」、平和を求める声があがり、広がっています。
 これが希望です。
 私にとって、日本国憲法9条は、なくてはならないものです。暮らしや私の人生そのものです。世界中に広げたいので、いくら学んでも、もっとしっかり身につけなきゃいけないものと思っています。
 デザイン案作成に関わってくれた高校生のみなさんは、「碑の裏面に、みなさんの思いを記したいから…」と投げかけたら、「歴史を学び、対話を選ぶ」「一人ひとりの平和の意思を世界へ、そして時代をつなぐ」「過去を学び、今を受け止め、未来へつなぐ」などなど、たくさん書いてくれました。
 碑は作ることが目的ではなく、世論を広げて、次世代につなげていくこと、ここが一番大事なことだと思います。

各地の9条の碑

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