【13.12.24】内海紀章さん(元朝日新聞論説委員)

隠される情報 流される情報

 昭和が平成に改元した1989年の12月2日、米ソ首脳が、第二次大戦後40年余にわたって世界をしばりつづけてきた東西冷戦の終結を宣言した。それは、ソ連の敗北、ひいては社会主義圏の大崩壊を意味し、東西対決という戦後の枠組みは消滅したのである。

 それから数日後、兵器担当の記者だった私は東京のビルの一室で日本兵器産業界のドンと目される人物と会っていた。

 ドンは頭をかかえていた――

 「部下たちには『うろたえるな』と言っているんですがね。敵さんがなくなっちゃうなんてねぇ。世界の大幅な軍縮はさけられないでしょう。わが業界はこれから冬の時代に入る。長くて厳しい冬でしょうなぁ」

 「1985年軍事危機説」というのがあって、強大なソ連軍がいまにも日本を侵略すると言わんばかりの情報が洪水のようにあふれたのは、ついきのうのことだった。これを背景に軍備増強が叫ばれ、兵器産業はベトナム戦争以来の活況にわいていたのに、頼みのソ連が自滅してしまったのである。
 軍産複合体は敵の脅威を前提にして成り立つものだが、もはや世界のどこにも脅威はないように見えた。ドンが「脅威になりうるとしたら、北朝鮮しかないが、どうですかねぇ」と水を向けてきた。「あんな小国にソ連の代役がつとまるはずがないでしょう」と一笑に付したことを憶えている。
 私の観測を一蹴して、北朝鮮があれよあれよという間に日本の一大脅威に成長したことはみなさん周知の通り。

 秘密保護法という軍事情報を操作しやすい道具を手に入れた安倍政権は軍事的脅威をつくろうと思えば、これまで以上につくりやすい環境を整えた、と言える。
 隠される情報も問題だが、流される軍事情報についても、その流され方を含めてよくよく吟味しなければならないと思う。

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