革新懇の活動−革新・愛知の会の活動

【19.08.10】突然の中止に抗議と再開を求める―あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」

革新愛知の会は8月10日、河村名古屋市長あて「「表現の自由」の介入に抗議する」と、大村秀章愛知県知事へ「『表現の不自由展・その後』の再開を強く求める要請文」を送りました。

「表現の自由」への介入に抗議する

名古屋市長  河村たかし 殿

 
 あいちトリエンナーレで「平和の少女像」などを展示している「表現の不自由展・その後」に対し河村たかし名古屋市長が「日本の国民の心を踏みにじる」として少女像の撤去を要請しました。
これは憲法で保障されている「表現の自由」への重大な介入であり、憲法が禁じる「検閲」にもつながる政治による圧力です。
表現の自由は河村たかし市長がいう「税金が投入されている」と制限されるべきものではありません。これは芸術・文化振興への公的助成です。
 表現の自由への脅迫やテロ予告は、関係する職員個人にも攻撃を加えるという卑劣な行為です。「中止しなければガソリンを撒く」などということは、卑劣な脅迫、テロです。   
表現の自由をこのような卑劣な手段で攻撃することこそ厳重に取り締まり、あらゆる妨害から、表現を守るべき立場に立つのが実行委員会副会長としての立場です。
しかし、そのような立場をき然ととるどころか、河村市長の発言が脅迫やテロ予告を助長させるのではないかと危惧を抱いていましたが現実になってしまいました。行政の長として資格を欠いたものです。しかも、河村たかし市長は3日、「やめれば済む問題ではない」と述べ、展示を決めた関係者に謝罪を求めています。
 なぜ謝罪をしなければならないのでしょうか。
 日本軍戦時奴隷制度はあったことは明らかです。1993年8月日本政府は「河野談話」を発表しています。その後、日本軍「慰安婦」に関する事実関係について、日本の司法が認定を下し、16人の元「慰安婦」への聞き取り調査にもとづく当時の日本政府の判断が、「間違いなかった」ということを保証するものともなりました。「河野談話」の真実性は、日本の司法によって、確かなものとなっています。
 いま、もっとも問われ正されるべきは名古屋市長のゆがんだ歴史認識です。
以上、わたしたちは今回の河村市長の発言に強く抗議し、撤回するとともに謝罪をもとめます。

国際芸術祭のあいちトリエンナーレ2019の企画展『表現の不自由展・その後』の再開を強く求めます

あいちトリエンナーレ 実行委員会 
会長 大村 秀章 殿


 あいちトリエンナーレで「平和の少女像」などを展示している「表現の不自由展・その後」が卑劣な脅迫、テロ行為に開会後たった3日で中止となりました。民主主義社会の根幹である表現の自由が保障されるべき芸術作品が、卑劣な脅迫で、安全を理由に中止と決定されてしまったことに深い衝撃をうけています。
 大村秀章会長は、5日の記者会見で「公権力をもったところこそ、表現の自由は保障されなければならない。税金でやるからこそ、憲法21条はきっちり守らなければならない」と発言されています。全くその通りです。
「表現の不自由展・その後」の展示ブースには、いつでも展示が再開できるように、事務局の了承を得られ中止決定後も、会場内にそのまま保全をさせていることが「表現の不自由展・その後」の実行委員会の公開質問状でも明らかにされています。
 いま、今回の中止、表現への自由への重大な侵害であることを知った多くの市民、県民、全国から、再開をもとめる声が広がっています。様々な団体、個人メディアなどが今回の中止に対して、再開を求める声をあげています。このまま、中止をしてしまったら、大村会長のいう「表現の自由」は保障されないことに繋がり、それこそ、歴史に残る重大事態だと考えます。 
 脅迫のFAXを送った疑いで男が逮捕されたことが報道されました。愛知県のき然とした対応で言論、表現を暴力で封じ込める卑劣な行為を法律に従って処罰することこそ求められています。
大村会長の記者会見の精神をぜひ、「表現の不自由・その後」展の再開という形で示して下さい。無法な暴力に屈することなく、来場者の安全を守る万全の体制をとってください。再開を強く求めます。

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