県革新懇ニュース−この人に聞く

【19.11.10】キムソギョンさん(彫刻家)・〈平和の少女像〉―人権・平和に貢献をしたい

「表現の不自由展・その後」限定再開に抗議

  キム・ソギョンさん

 1965年生まれ。彫刻家。1980年代民主化運動と呼応した「民衆美術」の作家として夫のキム・ウンソンさんと活躍。2011年〈平和の少女像〉を制作。

〈少女像〉の隣に座って

 あいちトリエンナーレ2019でこれまで、日本で展示できなかった作品が展示されると期待をしていました。しかし、展示前からSNS不許可など、開催されないのではないかと心配していました。8月1日から3日まで観た人たちは右翼がきても動揺せず〈少女像〉の隣に座って語り合う姿を見ました。あたたかく作品にむきあう皆さんの姿に感動しました。

展示中止にショックと怒り

 8月2日に河村名古屋市長が会場に来て「日本の国民の心を踏みにじる」と発言し、分担金を出さないと言いました。これは圧力ではないかと思いましたし、その後、芸術監督の津田さんが、「検閲とか圧力ではない。安全のために中止をする」と記者会見しましたが、津田さんの発言にも疑問をもちました。
 8月3日に展示が中止されることを聞き、ショックと怒りを覚えました。

〈平和の少女像〉

 展示をごらんになれなかった方も多くいると思います。
 〈平和の少女像〉がたくさんの人たちとコミュニケーションできるようにと「私が、私の娘が被害者だったら」と想像しながらつくりました。
 少女の後ろにはハルモニの影があります。この影は現在、水曜行動をしているハルモニたちの姿です。こぶしを握っているのは日本政府が建てるなとの圧力をかけはじめたのがきっかけで、この問題が解決されるまで共にするという作家の誓いの意味。無残に切られた髪は他国へ連れて行かれ、家族や国との繋がりを無理矢理たたれたことを象徴しました。かかとのすり切れた裸足は険しかったハルモニたちの人生、歴史です。被害を語ることのできなかったつらい状況を表し、肩にとまった鳥は平和・自由の象徴です。少女の隣には空っぽの椅子があります。座って共感してもらうこと、未来の世代に対して問題を解決しなければとの私たちの宿題を空席で表してもいます。

みなさんの行動に感謝

 ドウヒさんが市民のみなさんのスタンディングの写真などをメールでおくってくれて感動をうけました。
 中止は作家本人たちや不自由展実行委員会に何の説明も連絡もありませんでした。私たちは声明文を出し、津田芸術監督と大村会長に面談を求め懇談しましたが、「職員たちの不安をかかえて」の繰り返しでした。その後、検証委員会が立ち上がったのですが、調査に長い時間かけ、不自由展の実行委員会と作家の私たちはそれに対して何もすることができなく、見守るしかできませんでした。不自由展実行委員会は、2015年展示の対応・対策マニュアルを実行委員会に要求してきましたがその対策すら取られませんでした。再開を求めて仮処分を申し立て再開で和解しましたが、テロの脅迫を受けたとき津田芸術監督、大村会長は誰よりも真っ先に表現の自由の先頭に立たなければなりませんでした。テロの脅迫に屈し、正義と真実を覆い隠そうとしているのではないかという疑いさえ持ちました。

限定再開に納得いかず

 海外作家のボイコット、再開求める声明文や日本の市民のみなさんの活動でひとつの希望が見えてきたと思いましたが10月8日の再開に当たっては入場制限、抽選になって本当に残念です。
 でも、私たちのためにボイコットされていた作家さんたちの作品を再開によって観ることになったことはよかったと思います。不自由展・その後に出展16の作家のなかにもいろんな意見の人もあり、こういう結果になったのだと思います。作家の間でも力をあわせて対応すべきだったと思います。私自身は納得がいかず、ボイコットすべきではなかったかという思いもいまだにあります。

残された2日間何の制限もなく展示を!愛知県は謝罪を!

 大村知事に10月13日に「限定再開」への抗議を出しました。翌日は台風で扉を閉め「表現の不自由展・その後」を観た観客は4日間で690人しかなりませんでした。
 残された2日間は、検閲なしで全面再開をしてほしい。二つは、トリエンナーレ実行委員会は作家のみなさんと不自由展実行委員会、市民のみなさんに本当の謝罪をしてほしい

独裁時代、覚悟を

 韓国では表現の自由、言論の自由が侵害された時、声をあげますが、日本ではあまり声を出さないように感じました。
 私たちは、独裁時代でも声をあげていましたし、刑務所にも入る覚悟をもってたたかったのですが、日本社会では行動や自覚が恐怖に負けているように感じました。
 私たちは芸術大学で学び、この時代に私たちのもっている芸術という手段で世の中を変えていくべきだと思っています。芸術家たちは常に民衆から離れないようデモや集会の先頭にたっています。

〈平和の少女像〉とハルモニ

 1991年に自ら元慰安婦として名乗り出た金学順(キム・ハクスン)さんが先駆者ですが、水曜集会(日本軍「慰安婦」問題解決全国行動=第二次世界大戦時での旧日本軍の元慰安婦とその支援者たちが、日本政府からの公式謝罪および法的補償を要求するために開催している集会)が正しい歴史をつくる、日本の謝罪を求める場でもあります。多くの人たちが女性の人権をアピールする場にもなっています。
 水曜集会で活動しているハルモニが「蝶々基金」ナビ(蝶)基金をつくって今でも世界の各国でおきている戦争の被害者の支援をしていますし、日本に謝罪を求めるだけではなく、東日本大震災が起きたときに日本を助ける支援活動もしていて、ハルモニたちの魂のある場所、平和を学ぶ場になっていると思います。
 〈平和の少女像〉はハルモたちのたたかいの歴史としてはじまったのですが、この大きな平和への流れに私たちは少しでも役にたてばと思っています。〈平和の少女像〉を通して人権を語り、平和のメッセージを伝えていきたいと思います。
 ベトナムのピエタ像や韓国で米軍の戦車に轢かれ犠牲になった女子中学生の像の作品もつくりました。沖縄、済州島の問題とも連帯、憲法九条の問題も私たちは連帯をしていかないといけないと思います。

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