県革新懇ニュース−この人に聞く

【20.11.10】沢田昭二さん(名古屋大学名誉教授)――核兵器禁止条約が発効 人類社会は新しい段階へ!

核兵器反対の被爆者を含む世論が条約実現へ

  沢田 昭二 さん
 
1931年生まれ 素粒子理論物理学者。名古屋大学名誉教授。原爆放射線による内部被ばく研究で被爆者の原爆症認定訴訟勝利に導いた。日本原水協代表理事。 

核兵器禁止条約実現本当によかった!

 条約実現の知らせは10月25日の朝6時に、ICANからはいりました。実現の確信はありましたが、これで人類の未来展望ができてよかった!と思いました。

物理学が人類を死滅させる・・・

 大学の3年生の1954年3月1日、ビキニ事件があり、自分の体験した広島原爆の1000倍の水素爆弾を自分が研究しようとする物理学がつくりだし、人類を絶滅させる道具をつくってしまったことに大きなショックを受けました。
 急きょ、学生大会をひらき、学生たちで原水爆禁止広島学生協議会をつくり、私は実行委員長になりました。原水協を最初につくったのは広島の学生です。その中には私以外にも被爆者がいました。核兵器禁止条約が必要だと学生ながら考えました。広島中を探して被爆者の写真を集め、48枚の原爆被害のパネルをつくりました。条約が60年余りの今日実現したので喜びは人一倍です。

国際条約の発展

 核兵器禁止の人類の運動はどのように発展してきたのか。
 1868年「サンクトペテルベルク宣言」にはじまり1945年「国連憲章」制定までの77年間は、非人道兵器の使用禁止から国際紛争で武力行使を禁止する原則に到達した歴史でした。しかし、その後1945年8月原爆投下から75年間、核兵器による脅迫を背景にした軍事同盟で武力行使が行われてきました。
 1985年から「ヒロシマ・ナガサキからのアピール署名」を取り組み、NPT再検討会議の議題に核兵器廃絶を加えさせることができました。
 2000年の再検討会議で核兵器廃絶の明確な約束をさせ、その後、時間がかかりましたが、2015年に再検討委員会で核兵器禁止条約をつくることで合意しました。
 2017年月7月7日に122カ国の賛成で核兵器禁止条約が制定され、その後50か国の批准で、2020年10月25日、ついに核兵器禁止条約が発効しました。
 2020年から始まる時代は人類社会が新しい段階に入ったのです。核兵器が禁止され、武器も戦争もない平和で公正な世界へ向かう人類史の中で大きな転機を迎えようとしています。

核兵器をもつことは犯罪

 核兵器禁止条約が発効して国際的取り決めとなり、核兵器を持つことは犯罪になります。核兵器を持っている国を追い詰めていくことができて、核兵器によって脅される時代ではなくなります。
 2007年に核兵器禁止条約が制定されたとき、日本政府は禁止条約制定の会議の冒頭でわざわざ不参加を表明して、核兵器国が主導する条約反対の別の会議に参加をしたのです。
 日本政府の核抑止論の考え方を正していかないといけません。日本からアメリカの基地をなくすために安保条約の破棄が必要です。一番深刻な基地の影響を受けているのが沖縄です。
 核兵器廃絶は日本で70%を超える世論に広がっています。世界にも広がって、お金を使って核兵器を持つことに何の意味もなくなります。
 東南アジア友好協力条約のように、お互いに話し合って問題を解決する人類社会をめざしていくことが可能になると思います。東アジアで日本の私たちの役割は大きいと思います。

学術会員の任命拒否はファシズムにつながる

 2015年に安保法制が強行されましたが明確に憲法に反しています。科学者としては科学的に分析して憲法に反しているといわざるを得ない。そのようにして発言した憲法学者たちの学術会議会員任命拒否はおかしい。科学的事実をもとに行っていることをダメだとなると科学もダメということになります。ファシズムにつながることになります。首相の言っていることをそのまま容認するような日本になったら戦前に逆戻りです。

「社会の役にたつ人間になりなさい」――母の言葉

 私は1945年8月6日、中学二年生の時に爆心地から1、4キロの自宅で眠っていて被爆しました。気がついたら潰れた家の下敷きになっていました。這い出すことができましたが、同じ部屋にいた母親は太い柱に挟まれて動けない。周りから火の手が上がり、母親が「おまえは早く逃げなさい。ちゃんと生き残って、勉強して社会に役立つ、りっぱな人間になりなさい。」といいました。母親は焼き殺されました。その場所がわかっていたので母の骨が拾えました。
 私は被爆者として、物理の研究者として核兵器がなくなる事を展望してこれまで永年取り組んできました。そして核兵器禁止条約が遂に実現しました。
 禁止条約が実現したときに、栄で宣伝行動をしましたが被爆当時ゼロ歳の一番若い被爆者が涙を流して訴えました。僕も感激しましたが、これまでに亡くなった多くの被爆者に核兵器禁止条約が来年1月22日に発効して新し時代が始まると伝えたいですね。そして、核兵器禁止条約に背を向け続けている今の政府を「市民と野党の共闘」で変えて、被爆国として核兵器のない世界を目指す先頭に立つ政府にしなければなりません。

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