日中首脳会談開催が「分水嶺」
川村 範行さん
1951年岐阜県生まれ。日本日中関係学会副会長。名古屋外国語大学特任教授。
早稲田大学政治経済学部卒業後、1974年中日新聞入社、前中日新聞・東京新聞論説委員、元中日新聞・東京新聞上海支局長。
二つの大きな対立要因
2012年9月の尖閣諸島国有化決定以降、尖閣諸島の領有権問題と靖国神社参拝の歴史認識問題が大きな対立要因になっています。
1972年の国交正常化以来の日中友好体制が崩壊、日中新冷戦の始まりであると私は捉えています。
中国の対日政策を硬軟両面からみる
中国共産党総書記で中華人民共和国国家主席の習近平氏の対日政策は硬軟両刀遣いであるという側面からみることが大事です。ひとつは全面的な対立は望んでいないことです。もう一つは、尖閣諸島領有権問題は国家の主権にかかわるとして絶対に譲れないとの対日強硬路線です。
協力、協調こそ重要
1895年、明治政府が尖閣諸島(中国名・釣魚島)は日本の領土であるとの閣議決定をしました。国際法上、無人であり他国の支配が及んでいないという意味からです。中国は当時の清の時代からずっと、実効支配の形跡はありません。国際法上は実効支配が極めて有利ですから、日本の主張が優位です。
15世紀の中国明代の書物には、釣魚島が中国のものという文献や中国の地図でも日本のものと記されているものもあり、どちらのものかと突き詰めていったらきりがないわけです。
東アジアにおけるパワーシフトがいま、日本から中国へと移っている。東アジアの平和にとって日中関係は安定的でなければなりません。外交上、対立しないことを第一に考えて、多くの分野において協力、協調を進めていくということが必要です。そこが今、両国政府の対立によって滞っていることが問題です。
日中関係改善への取り組み
政財界からもこれではいけないとミッションを派遣し、日中関係改善のための行動が出てきています。
今年5月初めに日中議員連盟の超党派議員が北京を訪問、この訪中のさなかに元外務大臣の高村正彦団長は「日中関係が改善されれば安倍首相は、靖国を参拝しないであろう」と北京で出会った人に繰り返し強調しました。7月末に福田元首相が極秘訪中、8月にミャンマーでの日中外相会談が実現し11月APECでの日中首脳会談開催について突っ込んだ話し合いがされたと見ていいと思います。10月29日には福田元首相が再度訪中し最終的な詰めをすると思われます。「首相が靖国参拝をしない」という課題はほぼクリアできたと思います。問題は領有権問題です。
この解決方法は、問題の「棚上げ」です。主権の主張を黙認し、反論し合わない。安倍政権は、尖閣のパトロールを緩和、最近は排斥命令を出しておらず、パトロールの範囲も当初70㌋から12㌋にまで狭まってきています。これは現状黙認のサインです。
総合的に分析すると首脳会談開催の方向で動いています。実現すれば日中関係は改善への大きな分水嶺になるとみていいです。逆に、首脳会談が実現しなければ日中対立構造は長期化し、安倍政権が続いている間は対立構造は容易に緩和できない。
民間交流の促進を
日本国民の対中好感度は約18%、国交正常化以後最悪です。決定的に悪化したのは2012年の尖閣国有化決定に対しての反日デモです。中国国民の対日好感度も30%~40%と悪化しています。
お互いの国、国民について理解不足や、偏った見方が原因としてあります。中国の全土で反日デモが行われているような錯覚をもつ。しかし、実際に観光で中国に行ってみたら何のことはない、静かだ。むしろ非常に親切だったということがあります。中国人も日本に来て見たら、親切だ、清潔だという感想を持って帰るのです。
偏った情報に基づく誤解や偏見を解いていくことが大事です。そこができない限り、本当の意味で日中関係はよくなりません。
中国の国民のくらし、社会の様子、現状を伝えるための総合的な中国報道を心がけようという動きも出ています。逆に中国のテレビ局も日本の高齢者、家庭生活、教育問題など総合的に日本に来て特集を取材していっています。なんとかしていかないといけないという良識ある人たちが動いています。
大事なのは、民間交流です。尖閣国有化後に見合わせた交流もありますが、復活しています。こういう時だからこそこれまで以上にやっていこうと動いています。研究者も頑張っています。日本社会の嫌中、反中の雰囲気が広がっており、この空気を背景にして安倍政権は中国に対して強硬姿勢に出ています。民間の交流を絶やさず、濃密に幅を広げていく、民間交流の絆を強くしていけば、政治指導者も勝手なことは出来ません。大げさに言えば、私は客観的事実を知らせる「伝道師」の役割を果たしていきたいと思います。
流されず自分の頭で考えてほしい。住んでいる地域とかいろんなサークルでも、日中関係について「どう思う」と話していくこと、これが大事なことですね。