野党共闘は確実に前進!―選挙制度の問題 浮き彫りに
愛敬 浩二さん
1966年東京生まれ。現在名古屋大学大学院法学研究科教授。名古屋市千種区在住 1996年早稲田大学大学院法学研究科博士課程修了。1997年信州大学講師、2005年から現職。「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人、「国民安保法制懇」メンバー。安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合@あいち呼びかけ人
参院選挙の結果
自公は過半数を取りましたが決して自公勝利ではありません。比例区の自民党の絶対的得票率(得票数を有権者数で割った数字)は17%です。
政権交代選挙ではないけれども、野党が安倍政権と違ったプラットホームをつくろうとしている努力があったからこそ、野党候補が1人区で32選挙区中10議席議席を獲得しました。この選挙結果は野党共闘の成果だと思います。
新潟と大分、宮城、沖縄などで統一候補が勝ちました。大分は自民党の憲法草案をまとめた安倍側近の礒崎陽輔氏が、野党統一候補の新人に敗れました。東北や沖縄の結果は、東日本大震災や辺野古問題など深刻な問題を抱えている地方では、野党候補の声のほうが届いたことを示しています。
改憲は
3分の2を割り憲法改正はかなり難しくなったと思います。国民民主党等の改憲派を巻き込まないと参院では3分の2を取れませんので。
ただし、国民民主党が独自性を発揮するため、改憲論議に積極的になる危険性はあります。実際、玉木代表は突然、改憲議論すすめると発言し,その後取り消しています。安倍政権としては国民民主党に秋波を送ると思いますが、この流れに乗るべきではないと思います。
今回の選挙結果を受けて、憲法改正が進むように論ずる人もいますが、それは正しくありません。参議院で3分の2を確保していても、簡単ではなかったのですから。野党第一党の立憲民主党が反対しており、公明党も積極的とはいえません。
4選ねらう安倍
安倍首相の3期目の総裁任期は21年9月に、衆議院議員の任期は同10月に終わります。参院選後、「安倍4選」が議論されていますが、私はかなり現実味のある話だと思います。安倍首相の取り巻き連中は、「改憲は安倍首相の宿願だし、安倍さんじゃないと総選挙を戦えない。総裁選を前倒しして安倍4選を実現し、いつでも衆議院を解散できる体制を整えよう」と言い出すものと推測されます。安倍改憲の危険性は21年9月に終わるとは限りません。
維新をどうみるのか
維新の会が躍進しましたが、みんなの党や都知事選で小池氏に流れた票などが、今回は維新に流れたのだと思います。名古屋では、河村市長の減税に入る票ですね。保守派が伸びたというより、非自民の保守票の受け皿になったとみるべきでしょう。
こんにち、グローバル化する経済の下で、政府が選択できる政策の幅は小さくなっています。だからこそ、政治に不満を持つ人が、左右両方から出てきます。エスタブリッシュメント(既存体制)に対する攻撃が、一定の支持を得るのもそのためです。アメリカのトランプ大統領が典型ですが、イギリスの首相に就任したジョンソン氏もそうです。日本では、河村市長や大阪維新の橋下徹氏は、既存の勢力と戦っているという構図を示したがりましたね。年金問題のように政治的に解決すべき問題がありながら、政治的に解決できない状況の下で、難しい問題は棚に上げて、「悪者」を設定して叩くという手法が、日本でも欧米でも一定の効果を上げる時代になっているようです。
改憲と対峙
参院選の際、安倍首相は、「改憲をきちんと議論する政党と、議論さえしない政党のどちらを選ぶのか」という問題設定をしましたが、これは間違っています。安倍首相も、自民党も、改憲問題をきちんと議論していません。議論すべきは、憲法九条改正をしたら具体的になにが変わるのかという点のはずですが、この問題がまったく議論されていません。安倍首相は現状を変えないといいますが、そもそも、自衛隊をめぐる「現状」が急速に変わってきているのです。
米軍機発着可能な「空母」導入、米艦防護の激増、「海兵隊」新設、兵器の「爆買」、イスラエル、エジプト両軍の停戦監視活動を行う「多国籍軍・監視団」(MFO)への自衛官派遣などなど。トランプ大統領が安倍首相と一緒に「空母」に改修予定の護衛艦「かが」乗船した際、「日米両国の軍隊は、世界中で一緒に訓練し、活動している」、「さまざまな地域の紛争や、離れた地域の紛争にも対応してくれるだろう」と述べたと報道されています。これらのことが進行していることと無関係に、九条の改憲の是非を議論できません。
問われるべきは、憲法9条のテキストを変えるか否かではなく、現在進行中の自衛隊の変容を認めるか否かだと思います。「自衛隊は『専守防衛』だから大丈夫」と信じている人もいるようですが、自衛隊の装備・運用の実態は根本的に変化している。限りなく、「戦える軍隊」になっているのです。安倍首相の9条改憲は、この「現状」を追認するだけではなく、さらなる軍事大国化に対する歯止めを完全に取り除くものです。
選挙制度の問題に
参院選の投票率が50%を切ったのは、選挙の争点が明確にならなかったからだと思います。これまでの選挙でも、安倍政権の手法は、選挙の争点を消すことです。選挙を面白くなくして、投票率を下げることが、安倍政権の選挙対策なのです。
年金問題を始めとして政治的に解決すべき問題が山積しているのに、選挙や政治がこんなに面白くないという異常事態は、選挙制度のせいではないかと疑ってみる必要があります。たとえば、自民党について、安倍首相の後の首相候補が誰も見当たりません。1990年代の政治改革の前までは、田中派のように金権腐敗の温床になった例もあるので、評価は簡単ではありませんが、自民党には派閥があり、各派閥の有力者が次期総裁候補として、党内野党のようにふるまうことがありました。政治改革により導入された小選挙区制と政党助成制度は、自民党の執行部の権力を強大化させる一方、派閥の力を弱めました。だからこそ、現在の自民党には、安倍さんに対抗できる政治家がいないのです。
政権交代の可能性がないところでは政治は腐敗します。政権交代を可能にするためにどういう選挙制度が必要か、かりに、政権交代ができない政治情勢のもとでも、与党内に反対勢力ができるような制度設計をしていかないと、私たちの声は国政に届かなくなるのです。前述したとおり、有権者全体を母数としたら、安倍自民党への支持率が高いわけではありません。今回の参院選の教訓は、選挙制度の問題まで考えないと、日本の政治はますます劣化するということだと思います。
多様性を認める社会
グローバルなレベルでの格差社会の進展は深刻です。アメリカのサンダース現象やイギリスのコービン現象は、この問題が両国において深刻であることの現れです。山本太郎氏が一人で100万票近く得票したのは、日本でも社会の亀裂が深刻な問題になってきていることの現れです。だから、山本氏を「実現可能性のない政策を訴えるポピュリスト」と評価するのは誤りだと思います。山本氏が比例区特定枠を使って、障がいをもつ候補者を当選させたことも注目すべきです。政治的に革新の立場に立つならば、女性・外国人・LGBT・障がい者など、多様な属性をもった人々の「個人の尊厳」を尊重しつつ、積極的に包摂していく必要があります。これこそ、自民党の議員が苦手なことですから。多様性を認める社会こそが、豊かな社会であるというメッセージを積極的に受け止めることが大切です。
共産党は野党共闘の中で大きな役割を発揮したと思います。ですので、共産党が、野党共闘の大切さを訴えたことは正しいと思いますが、政治にあまり関心のない人は、複数の野党が統一候補を出すことどれだけ大変かわからないかもしれないので、野党はそれぞれ異なった政策をもっているが、安倍政治を終えるため、最大限の譲歩をし合って、野党共闘を実現していることも、訴える必要があったのではないでしょうか。
いずれにせよ、安倍改憲を阻止するためには、やることはたくさんあります。安倍改憲を阻止するためには、野党共闘のさらなる深化が必要ですが、それと同時に、共産党には、私たち一人一人の尊厳ある生活が可能となる社会のあり方を示し続けて欲しいと思います。