【23.02.10】関根佳恵さん(愛知学院大学教授)ーー「家族農業」は持続可能な社会へのカギ

未来への方向転換が求められている

 
関根 佳恵 さん

愛知学院大学教授。1980年横浜市生まれ。
2011年京都大学大学院修了。博士(経済学)。フランス国立農学研究所、国連世界食料安全保障委員会(CFS)、国連食糧農業機関(FAO)。家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン常務理事。

家族農業とは

 国連は2019年から2028年を「家族農業10年」とし、2014年は家族農業年でした。国連がキャンペーンをする理由は持続可能な食と農を実現しないと、SDGsの目標の多くは達成できないとわかったからです。家族農業とは家族労働力が過半をしめる農業経営をしている農家。労働力を労働時間で換算して半分以上を家族でやっているという事です。
 これには、林業・水産業・畜産業など一次産業全体が含まれ、世界全体の9割がそれにあたります。農地の7~8割を耕し、8割以上の食料供給しています。SDGsでは飢餓の撲滅を目標に掲げていますが、家族農業への支援なくして、飢餓はなくなりません。

「緑の革命」からの転換

 20世紀後半は「緑の革命」と言われる農業の近代化が進みました。品種改良、農薬、化学肥料、灌漑などによって食物の大量生産が可能になりました。実際、農地は2倍、食料生産量は6倍に増えました。一方で食料生産に消費される化石燃料は85倍になり、化学肥料による土壌汚染で生物多様性にも影響がでています。日本も含め、先進国の大企業が途上国の土地を大規模に接収して、現地の労働者を安い賃金で雇い、農薬汚染のリスクにさらして農作業をさせる事も国際的な問題になっています。近代技術を装備すれば「たくさん食料を生産出来て、みんな幸せ」というストーリーは瓦解しているのです。

アグロエコロジー

 家族農業は、化学肥料も化石燃料の使用も少ないと言われています。化石燃料、農薬、化学肥料、機械化、近代化に頼らない農業。アグロエコロジーと呼ばれ、SDGsの実現には、このような家族農業が必要という考え方に大きく方向転換してきているのです。
 

日本の農業政策

 日本でも95%(2020年)が家族農業を営んでいます。一方で歴代政府・農水省は農業経営の大規模化や法人化を進めてきました。
 食料自給率の低さが問題となっています。新規就農者を増やすと若者に農業を始めさせても補助金がなくなったら続けられない。スマート農業だといって高い機材購入で若者に負債を背負わせる。そんなやり方では、結婚や子育てなどその後の人生は描けず、農家として定着することができません。フランスでは60歳以上の農家は15%(2018年)、日本では8割(2022年)です。日本ほど農家の高齢化率が高い国はありません。
 欧州やアメリカでも農家の所得補償がきちんとしています。所得補償があれば、農家は必要以上に高く売ることもなくなり、販売価格も抑えられるでしょう。また、関税を高くすれば関税収入も上がり、それを農家の支援にあてたり、安い農作物と競合することもなくなり農家も潤います。
 こういう根本治療なくして、食料自給率を増やすとか、新規就農者を増やすなどと言っても、対処療法にもなっていないと感じます。

アメリカ・官邸主導の 政治システムからの脱却  

 こうした日本の農業政策の背景には、アメリカいいなり、官邸主導の政治システムがあると感じています。
 地理的表示制度策定の委員会に加わっていました。制度策定にあたって、アメリカを中心とした同盟国から多くの注文が出され、結果的にそれを色濃く反映した制度になってしまいました。農政審議会にも出席しましたが、官邸から議会を飛び越えて指令がくることもありました。
 また、ある農業新聞に原稿を依頼され、国連での日本政府の対応について批判を書いたのですが、「書いてはならない」とする名前も日付もないような文書が回ってきて、実際にその記事は削除されました。

社会構造の転換へ

 ウクライナへのロシア侵略があり、小麦食料価格が上がっているからもっと輸入を多元化しようとか、その程度の食料安全保障でいいのでしょうか。貿易自由化は、安い農作物が世界中どこでも手に入る、農家も潤うといった幻想を生みだしました。しかし、実際には真逆の事が起きています。 外国資本の安い農作物と競合させられ、自国の農家は貧困に陥っています。戦争などで食料危機に陥る危険性も明らかになりました。地球の裏側まで輸送する莫大なエネルギー消費や、大量消費・大量廃棄のシステムからの脱却を求められています。新自由主義の社会構造や一部の大国や資本だけが潤う政治構造そのものの転換が求められています。SDGs、「家族農業の10年」を通じて世界ではその道に踏み出しています。

食への権利を求めて

 食料主権という言葉があります。「どんなものを食べたいか」「どんなものを生産したいのか」は私たちの生きる権利として認められています。生産者の主権を守ることは、消費者としての権利も守ることです。 「家族農業」を通じて、あぶりだされた課題を解決するには何が必要か。社会の「全身治療」であり、政治を変えることです。
 今ある規制や制度にとらわれず柔軟に未来を描く力が、必要になっています。

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