
川村 範行 さん
(名古屋外国語大学名誉教授・東海日中関係学会会長)
この歳(古希過ぎ)にして、これだけ緊張した事に取り組むとは思ってもみなかった。言うまでもなく、高市首相の発言に端を発した日中両国の対立である。
11月7日、国会での首相答弁には耳を疑った。“台湾有事”は集団的自衛権の行使に当たる「存立危機事態」になり得ると言い切り、歴代内閣の見解を踏み越えてしまった。中国が「核心利益中の核心」とする台湾問題に立ち入り、戦争する可能性を突きつけたに等しい。東アジアの安全保障の緊張をも高めた。
同時に、1972年の日中国交正常化共同声明で、中華人民共和国が中国を代表する唯一の政府であると認めた「一つの中国」原則と、台湾は中国の一部であるという中国の立場を“理解し尊重する”とした合意に背く、内政干渉だ。先人の努力で築いた日中関係の基礎を崩しかねない。NHK大河ドラマにあやかれば「べらぼうめ!」だ。
中国側は「発言撤回」を要求し、対抗策を繰り出した。日本政府は「従来の見解は不変」と主張し、対立したままだ。2012年の尖閣国有化問題で日中両国が全面対立となった以上に、事は重大で深刻である。
中日新聞記者として初訪中から40年、日中関係をライフワークとする私は、“黙っているわけにはいかない。学者が声を上げなければ”と考えた。名古屋を拠点に1993年設立以来、日中関係の研究と交流に取り組む東海日中関係学会の会長である私は、直ちに学会理事会に諮り、「声明」を出すことを決めた。声明のタイトルは「日中対立を憂慮し、早期の修復を求める」。声明文を私が起草し、議論して仕上げた。
11月26日に愛知県庁の記者クラブで会見し、「緊急声明」を発表。同時に声明文を首相、官房長官、外相、中国大使の4者に速達送付した。テレビ5局が放送、中日新聞にも掲載された。
東アジアの平和と安定を目指す国際アジア共同体学会が賛同し、12月7日、東京で同主旨の声明を発表した。この声明文も私が起草し、学会理事長である東郷和彦・元外務相条約局長が仕上げた。
声明文の内容には腐心した。学会として中立の立場を堅持。首相発言の撤回が根本的な解決だが、それが困難ならば、外交努力による打開策を提示した。高市首相が11月10日の答弁で「反省として、今後具体的なケースには発言を慎む」「先の発言を政府統一見解にしない」と言明した点にヒントがある。その後に「個別具体的な状況に応じて、政府が全ての情報を総合して判断する」という 「存立危機事態」の判断を閣議決定した。これらを“事実上の修正”として、特使等の方法で中国側に伝え、対話と協議による外交努力に邁進すべきだーとの主旨を声明に入れた。
対立が長引けば、国民の反中感情を高め、強硬右派「反中内閣」の延命。日中戦争時のキャンペーン「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」の復活となる。戦後80年の不戦平和を維持した日中関係を変質させてはならない。“微力だが無力ではない”を信条に、理性派を結集して関係修復に尽くしたい。
※川村範行さんは、2014年11月号インタビューに「日中関係改善へ民間交流のきずなを強く!」と語っていただきました。
