石川久さん 愛知文団連事務局長

 小林多喜二の作品で「党生活者」の最終場面にひどく感動した。高校生のとき読んだがさっぱりわからなかった。党生活者が何のことか理解できなかった▼月日を重ね、小説を書くようになって、それもまだ何年か前にひどく感動したことを覚えている▼昼休み、倉田工業の屋上で須山はビラを「力一杯、そして続けさまに投げ上げた」。それを見た何十人が、拾い上げたビラを高く撒きあげ、「またゝたく間に六百人の従業員の頭に拡が」り、だれが撒いたのかわからなくなった▼須山の覚悟と「大衆の支持」――彼らの気持ちを代弁したみごとな描き方である。予定調和でなく、ここでぐっと作品が引き締まる▼なお「党生活者」は中央公論に「転換時代」の仮題で全体の五分の一に及ぶ伏字で発表された▼今年3月17日の第6回「多喜二祭」は、多喜二とともに戦った愛知県木曽川町(現一宮市)出身の岩田義道を取り上げます。絶対主義天皇制の時代に侵略戦争反対を掲げ、「赤旗(せっき)」の発行責任者として活動しました。然し、34歳の若さで警察権力により虐殺されました。その三ヵ月後、多喜二も虐殺されました▼「新しい戦前」に戻らせないための平和の取り組みのひとつとして、彼らの生き様を学ぶことも大事ではないだろうか。(石川久 愛知文団連事務局長、革新・愛知の会代表世話人) 

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